巨大な産業の創造に挑む起業家のファーストラウンドにおけるファーストチョイスに

2020.03.19

現在、株式会社ジェネシア・ベンチャーズでインベストメント・マネージャーとしてご活躍されている水谷航己さん。新卒で住友商事株式会社に入社し、リスクマネジメント部に配属された経歴を持つ。明るく気さくで異色な、汗かきVCが考えるスマートな社会システムの構築と個人幸福度の向上、在るべき未来の産業創出に力を注ぐ投資家に迫る。

会いたい人に会う

投資支援に関与した会社はどうやって見つけていますか。

ジェネシアとしては、投資支援をさせて頂いている起業家の方やフェーズの異なる他のVCさんからの紹介が半分ぐらいです。メンバーの元々の友人の起業を支援するケースもありますが、自分の場合は、イベントで知り合った方やSNSを通じてこちらからドアノックをさせて頂くようなケースも多いです。

最近では、IT業界やスタートアップコミュニティ以外の業界から、起業のチャレンジをされるケースも増えてきているように感じます。僕自身、総合商社の中でも、ITやメディアの部門とはほど遠い電力や自動車といった部門の担当からビジネスキャリアをスタートさせていることもあり、同じようにITとは縁遠い業界から起業のチャレンジをしたいという方が最初に相談をしてくれるような立ち位置にいたいと思っています。実際に、SNSなどを通じてそういった方ともお会いをさせて頂いており、IT業界と非IT業界のそれぞれの思考回路や行動様式のギャップの部分を埋めながら、色々なサポートができるように準備をしておりますので、共通の知り合いの有無に関わらず、今後も積極的にお会いしていくつもりです。

独自の切り口で発信をし続ける

大企業からスタートアップに入りやすい架け橋になるために工夫していることはありますか。

IT業界以外の情報収集や新規の事業機会に関しての発信を行う意識をしています。スタートアップ経営や資金調達のティップスについては様々なスタートアップの経営者やキャピタリストの方が既に多数情報を発信をされておりますが、その一方で、もっと前段階のこれから起業を検討していて事業アイディアを考えているというIT業界以外の方々に対して、様々な産業におけるマクロトレンドについて、我々キャピタリストがどのように解釈をして、新規の事業機会を見出しているか、という点に関しては、まだまだ満足な情報発信が出来ていないと考えています。

例えば、先日、日本の鉄鋼メーカーがインドの鉄鋼メーカーを買収するというニュースがありました。。素材産業の筆頭である鉄鋼業は、国内製造業のサプライチェーンの最上流に当たり、高度なものづくりと加工貿易の根幹に位置するものですが、新興国における製造業の発展と高度化が進む中、日本の鉄鋼メーカーが需要地での現地生産に乗り出すことによって、将来的には国内産業の空洞化が進んでいくことを示唆する象徴的なディールです。製造業という巨大市場で戦うプレイヤーにとっては、スタートアップを含めて、将来的な物量の先細りを踏まえた高付加価値加品へのシフトや更なるコストダウンや工程の自動化、海外進出といった経営判断が求められるているというコンテクストを念頭に置いて、経営戦略を立案することが求められています。

大きな産業のサプライチェーンの動態についてグローバルな視点が持てているのは、自分が総合商社出身であることも大きく関係しておりますが、今後はこの視点を持って、非IT業界において産業の(デジタルトランスフォーメーション)DXを推進する事業機会の創出に繋がるような発信に注力していければと考えております。先日も「総合商社とDX」というタイトルによるシリーズ三部作を投稿しまして、多くの反響を頂くことができました。

既存の産業領域にはまだまだ、デジタル技術を活用することで新しい付加価値を産み出すDXの空白地帯が多くあると考えていますので、私自身、今後も産業のマクロトレンドについては情報収集を継続し、長期的な取り組みにはなりますが、独自の切り口は大切にブレずに発信していくことで、様々な方とディスカッションできたら嬉しいです。

産業の空白にテクノロジーで挑戦するスタートアップ

水谷さんの投資先で、既存の産業領域にて挑戦している会社について教えてください。

amplified.aiは、企業や研究機関における研究開発に必要な特許調査について、工数を大幅に削減するプロダクトの開発を進めています。研究開発フェーズでは関連する技術領域の動向や競合の特許の取得状況について調査を行うことが必要となりますが、グローバルで1億件以上も存在する特許の中から、関連する数件の特許を特定するには莫大な時間とコストが掛かってしまうため、ディープラーニングを活用して大幅に効率化するサービスには、大きなニーズが存在しています。イノベーションを加速させる為の特許制度の存在が、逆にイノベーションを阻害してしまっている矛盾した状況の中で、新時代の特許インフラを構築する試みに非常にワクワクしています。既存の特許調査システムからのパラダイムシフトとなる革新的なサービスでありますが、世界を代表する大手製造業のグローバルカンパニーの知財部・知財子会社において、既に導入が進み出しています。

また、CO-NECTは、飲食・食品卸を中心に多くの業界において受発注オペレーションの最適化を目指すスタートアップです。同社の手掛けるサービスは、FAX中心になっている受発注対応をスマートフォンやクラウドに置き換えデジタル化していくための流通インフラになっていくと考えています。代表の田口さんは楽天やリクルートでのキャリアを通じて小規模事業者向けのサービスを手掛けられており、現在は「やさしいテクノロジーで社会をアップデートする」というミッションを掲げ、ユーザーの方と向き合いながらサービス開発を進められております。

他にも、在留外国人向けの不動産賃貸プラットフォームを運営するアットハースは、三菱商事出身で海外経験が豊富な紀野さんが代表を務めています。生産年齢人口が大きく減少する日本の産業が今後も国際競争力を維持、向上させていくためには、外国人材の力を借りる必要がある一方で、彼ら/彼女らが安心して快適に生活を送るための住宅供給は、アナログな思考やオペレーションが蔓延る不動産業界の慣行も相まって、日本国内では全く追いついていません。アットハースは、この社会課題の解決に真正面から挑戦しているスタートアップです。

また、ライフクエストは、軽度認知症とギャンブル依存症に悩む患者さんやその家族に対して、既存の治療効果を最大化するスマートフォンアプリの開発を進めています。機能性医学のパイオニア医師である斎藤さんとコンテンツビジネスの第一線で活躍してきた経営者の香山さんを共同代表として、慢性疾患による社会損失を抑制し、健康の質を高めるために必要な医療インフラの構築に取り組んでいます。

全ての投資支援先が掲げているビジョンには強く共感できるものばかりであり、そのビジョンの実現に向けて、僕自身も全力で向き合いながら、支援をしていく所存です。

起業家とキャピタリストの関わり方の難しさ

どのようなタイプの起業家へ投資をして、投資後はどのような関わり方をするのでしょうか。

明るく元気な声の大きな起業家の方ですかね!(笑)というのは半分冗談ですが、チャンレンジする事業領域のマーケットが大きいことを前提に、お会いする前のメッセンジャーのやりとりからテンポ良くコミュニケーションが進み、またこちらも事前にピッチ資料やWebページを拝見して事業の面白さを感じとって初回の打合せに臨むことができた時、お会いした際の最初の挨拶を大きな声で交わすことができると、もう個人としての意思決定はほぼ完了できています。

ジェネシア・ベンチャーズのGeneral Partnerを務める田島や鈴木は、「大きなキャンバスに緻密な絵を描くことができること」「大きな欲求のタンクを持っていること」「常にどん欲に学び続けるコーチャブルな姿勢を持っていること」といった点を成功の要素として挙げていますが、長い関係性を築く意思決定をお互いにしていく上では相互理解を深めることが重要になってくるので、打合せでは、自分がどのようなキャリアを積んできたのか、また、なぜジェネシアでキャピタリストをやっているのかといった点を含めて、しっかりと自己開示をするように意識をしています。

また、投資後の関わり方については、基本的には経営者の判断にお任せして、定例の打合せを設けることもあれば、必要に応じて打合せをセットするケースもあり、関わり方は事業の性質や組織状態、フェーズごとに様々です。投資実行までのディスカッションを通じて相互理解を醸成し、事業パートナーとしての信頼関係を構築することが、成果を出すための投資後の関わり方を効果的に設計していく上では重要と考えています。

ジェネシア・ベンチャーズに入社してからは、GPの田島や鈴木と一緒に起業家との打合せに入る機会も多く、重要なことを伝える際のコミュニケーションの取り方について、近くで学ぶ機会を多く得ることができたことは、自分にとって非常にプラスになっています。

官僚を目指した学生時代。東日本大震災後のボランティアを経て総合商社へ

新卒では総合商社へ入社されたと伺いましたが、入社に至るまでの経緯を教えてください。

大学生時代、当初は官僚を目指していました。東大法学部という環境下、学部の先輩や同級生の多くがロースクールか官僚を目指して勉強している中で周りに流されていた部分も多くありましたが、政府機関というパブリックセクターで仕事に取り組むことが公共善の提供に最も貢献することができる仕事と当時は思っていたからです。しかし、恥ずかしながら、2011年3月の東日本大震災の直後に行われた国家公務員試験を突破することができず、就職留年をすることになりました。留年を選択したものの単位は十分あったため時間的余裕があり、学期中は震災復興のボランティアに長期間参加していました。

自分が飛び込んだボランティアは東京のNPOが運営する中学生を対象とする放課後の学習支援で、仮設住宅では満足な学習環境が無い高校受験を控えた生徒が震災を理由に夢を諦めることが無いよう、日本各地から社会人や大学生のボランティアが集まり泊まり込みで支援をしていました。

ボランティアに参加しながらも、国家公務員試験に向けた勉強は継続していましたが、大震災という有事の際、地元の公共機関や民間のケイパビリティーを持った方々が真っ先に現場に飛込んで物事を動かし、後から政府機関がバックアップしていく流れを目の当たりにして、社会との関わりにおいて自分がどのような立場の役割を担いたいのか、改めてキャリアを再考するキッカケとなりました。

結果的に、官僚ではなくとも、同じ志を持って大きな公共善を実現する仕事はできると考え直し、最終的には、よりグローバルで大きな産業の現場に近いところで仕事ができる総合商社の住友商事に入社をしました。今になって考えてみれば、マクロの視点で国家予算や法律を策定する官僚の仕事以上に、より産業創造の現場に近い総合商社やキャピタリストの仕事の方が、自分には合っていると確信しています。今でも官僚としてハードに勤務する先輩や友人へのリスペクトは絶えず抱いておりますが、彼ら / 彼女らに対してスタートアップの現場で何が起きているかを伝え、適切な政策形成の一助にしてもらうことも自分の役割と思っています。

ハードな仕事から学んだこと

今までのビジネスキャリアで経験した中で最も印象深いイベント教えてください。

住友商事に入社して2年目の秋に、資源やエネルギーを中心とした投資事業において、約3,000億円の減損損失を計上することになりました。当時、住友商事の株式時価総額は2兆円超だったと記憶していますが、その内の1~2割が一瞬で吹き飛ぶような、経営にも多大な影響を及ぼす一大事でした。そのため、再発防止に向け、会社としての意思決定制度や投資基準の課題を洗い出し、翌年4月から始まる新しい中期経営計画に抜本的な改善策を盛り込むことが急務になりました。当時、全社の投資委員会や投資基準を所管するリスクマネジメントの部署に在籍していた自分は、これに関連する多方面からの様々な仕事を請け負うこととなり、深夜残業が続くハードな日々を過ごすことになりました。

会社としても過去にあまり前例がない事態の中、成功確率を高めるための質の高さとスピード感を両立する意思決定の在り方と具体的な制度設計、変更後の社内制度を単体だけでも5,000名以上が在籍する大企業の組織にどのようにインストールしていくかについて、各事業部門やコーポレート部門、海外拠点といった全社の関係各署と連携しながら、骨子と具体案を並行して作成し、複数の会議体を経て経営トップの合意を得ていくプロセスを通じて、大きな山が動かしていく経験をすることができました。

多額の減損損失というショック療法ではありましたが、日本を代表する大企業の経営に直結する意思決定に社会人2年目から携わる経験をできたことは、貴重な成長機会となりました。自らの能力不足や視野の狭隘さを日々突き付けられ、また、夜22時頃に会社のトイレの個室で数十分の仮眠を取ってから深夜残業に臨むこともよくあり、心身ともにハードな局面ではありましたが、このときの経験があるからこそ、ここぞという場面をしっかりと嗅ぎ分け、ハードワークを厭わずにアクセルを踏むことができるようになりました。当時のプロジェクトを強力に推進していくチームの上司や先輩の仕事ぶりと照らし、ビジネスパーソンとして自身に不足する要素を数多く認識することができ、その後のキャリア形成の観点でも大きく影響を受けました。

日本、そして東南アジアへ

会社として、水谷さん個人として今後目指していく

ジェネシア・ベンチャーズは今年で創業4年目になります。「アジアで持続可能な産業がうまれるプラットフォームをつくる」というミッションを掲げるシードステージに特化したVCとして、大きな産業の創造を目指す起業家の方にとって、ファーストラウンドにおけるファーストチョイスになることを目指しています。

まだ日本国内においては、機関投資家の資金を運用し、シードフェーズのスタートアップに持続可能な形で意味のあるリスクマネーを供給していくアセットクラスとしてのVCは多くないですが、ジェネシア・ベンチャーズはその役割を積極的に担うことで、産業の新陳代謝を高めていく上で必要となる社会的な機能を提供してきたいです。シードフェーズで泥臭く、かつ東南アジアのダイナミックな成長を日本にも還元するジェネシアのスタイルで、新たなビジネスモデルを確立していくことにフォーカスしています。

その中で個人としての役割は、日本国内の産業のデジタルトランスフォーメーションが声高に叫ばれている昨今、テクノロジーを活用することで新しい付加価値を産業界に産み出すチャレンジを仕掛ける起業家にとってのファーストチョイスになることと考えています。特に冒頭でもお話しをさせて頂いたように、総合商社は勿論、金融やコンサルティングファーム、メーカー、医師や弁護士、会計士等の専門職といった非IT業界から起業を目指す方にとっては、自分自身が非IT業界出身者だからこそ理解できる業界間の様々なギャップも踏まえて、事業立上げや組織構築を含めた投資支援が可能と考えています。産業のあるべき形の実現に向けて、一様々な場面で共闘することができるキャピタリストになりたいです。

全ての人に豊かさと機会をもたらす世界を実現する

最後に起業家の皆様へメッセージをお願いします。

起業家の皆様とは、やはり資金調達のファーストラウンドでお会いしたいと考えています。ジェネシア・ベンチャーズの強みは、ファイナンスのサポートは勿論ですが、新たな事業機会の検討や事業立上げの初期的な仮説検証のプロセス立案、ビジネスモデルに合わせた組織構築の支援にあるので、「会社設立に関して悩んでいる」、また「起業のアイデアがまだない」という方がいれば、是非お声がけいただけると嬉しいです。様々な業界のサプライチェーンを見渡して来た中での、事業機会のアイデア出しや壁打ちなどは積極的にお手伝いできればと考えています。

投資レンジに関しては、初回投資は3,000万円〜5,000万円が多いですが、追加投資を含めて5億円まではフォローオン投資ができるファンドの設計にしています。

ジェネシア・ベンチャーズとしては、「全ての人に豊かさと機会をもたらす世界を実現する」というビジョンを掲げています。豊かさにあふれ、全ての個人が自己実現を目指す上での機会均等が達成されている世界に結びつく事業を支援を加速していきます。スマートな社会システムの構築と個人幸福度の向上を追求するため、志高く汗をかいていければと思いますので、ジェネシア・ベンチャーズを知らない方でも気軽にお声がけいただけると嬉しいです!