残された社会課題の解決に、BtoBスタートアップと挑む

2019.07.24

「投資を検討する際に見ているのは、“経営者の傾聴力”」と語るのは、投資家として数多のトラックレコードを残してきたDNX Venturesの倉林 陽さん。米系VCのGlobespan Capital Partners及びSalesforce Venturesの日本投資責任者を歴任し、これまでに投資を実行したBtoB SaaSスタートアップは50社を超える。 

前回に引き続き、約20年に渡りVC業界の最前線で活躍を続け、現在も10社のスタートアップの社外取締役を務める倉林さんに投資家としての真髄を伺った。

経営者に聴く力があるのかを見極める

経営者自身にフォーカスを当てると、どのような経営者に投資をしたくなるのでしょうか。

お客様、社員、投資家に好かれる人間的な魅力を持っていることは、スタートアップの経営者として必要だと考えています。そのうえで、他の人からのアドバイスにしっかりと耳を傾ける「傾聴力」があるかどうかが大切になります。つまり、経営者に聴く力が備わっているかどうかを見極めるのです。

例えば、投資を検討する際のミーティングでは、こちらの集合知を基に「この部分は違うと思います」とお伝えすることがあります。投資家の言うことが全て合っているとは思っていませんが、私のアドバイスに耳を傾けて、「なるほど、そういう考えもあるのか」と、一つの意見として聞き入れていただけるかどうかが重要になるわけです。

結局、経営者に「傾聴力」がなく、他の人のアドバイスを聞けないのであれば、事業が上手くいかず成長ルートからずれてしまった時に、軌道修正が効かなくなります。自分自身では、間違った道に進んでいることに気づけないからです。この状態では、投資家としてお力になれることも少なくなりますし、経営者との距離は離れていきます。

また、アメリカのVCが日本のスタートアップへの投資判断をする際に、アメリカと日本の経営者を比べて、投資を見送るケースがあります。これは、日本の経営者にアントレプレナーとしてのトラックレコードないことがネックになるのです。ですが、実際には、日本にアメリカのVCが重要視するアントレプレナーとしてのバックグラウンドを持った人材なんてほとんどいません。そのため、「この経営者は日本ではトップティアの人材であり、我々からのアドバイスに耳を傾けて学ぶことができる。」と伝え、経営者の伸びしろを信じてもらえるよう説得をします。このような意味合いでも、聴く力のない経営者は伸びしろがないので、「傾聴力」の有無が非常に重要な投資判断の基準になるわけです。

この会社に投資をしないと、一生後悔するかもしれないと思った

これまで投資をしてきた中で印象的な経営者がいらっしゃれば教えてください。

電子薬歴システム「Musubi」を運営するカケハシの中尾さんと、テーマを選んで投資できるサービス「FOLIO(フォリオ)」を運営するFOLIOの甲斐さんは特に印象的です。

私自身、自分が熟知している業界の課題を解決したいというミッションを持ってる経営者を応援したいという気持ちがあります。ご家族に薬剤師が多い環境で育った中尾さんは、自身も武田薬品工業に就職をして経験を積んできたバックグラウンドがあります。その過程で、業界自体を良くしていくために「Musubi」と言う製品を作ったと伺いました。中尾さんのストーリー性がある一貫した生き方と情熱に惹かれて、素直に応援したいなと思いました。

また、周りの人を惹きつける人間的な魅力に溢れており、業界全体が中尾さんを応援する空気ができていることに、経営者としての才能を感じます。今後の活躍から目が離せない経営者の一人ですね。

FOLIOの甲斐さんは、10年に渡り外資系銀行のトレーダーとして経験を積む中で、「日本の投資リテラシーの低さ」に課題を感じ、Fintechの分野で起業をされた方です。甲斐さんご自身に圧倒的な業界知識があることはもちろんですが、元トップバンカーがテクノロジーを最重要視して、日本で一番のエンジニアとUI・UXのチームを揃えたところに惹かれました。また、初めて甲斐さんにお会いした時に、「私がいつも投資をしている分野とは違うけれど、この会社に投資をしないと一生後悔する」と思ったことを覚えています。人間的な魅力に加えて、発言の内容1つをとっても今までに感じたことのない迫力を甲斐さんから感じたのです。投資をさせて頂いてからも、大型ファイナンスや事業提携を成功に導くなど、エグゼキューション能力の高さは秀でていると常々感じています。取締役会に行くのが楽しみな会社の一つで、今後の飛躍に大きな期待を寄せています。

BtoBスタートアップへの投資に感じる大きな意義

最後に倉林さんご自身の今後の目標についてお聞かせください。

これまでに私が積み上げてきたことに対する成果を今とても感じています。スタートアップ後進国と呼ばれて久しい日本は、アメリカと比べた時にBtoBスタートアップが欠落しているという問題を抱えていました。その裏には、歴史的な背景はもちろんありますが、10年前の日本のマーケットにはBtoBの投資家がいなかったことも、この問題を助長していました。そのような流れの中で、2000年頃から一貫して多様なBtoBスタートアップへ投資を続けてきました。

そういった活動が徐々に身を結ぶ形で、今現在ではBtoBでスタートアップを起業することが当たり前の時代になりました。世の中にインパクトを与える大きな会社も出てきて、最近ではBtoBのモデルを知る優秀な若手が次々と起業をしています。今後も、この流れを根付かせたいという想いは強く持っています。

また、現在の日本の状況を踏まえると、エンタープライズの効率性の向上、人口減少の一途を辿る日本の労働生産性の向上など、数多く残された社会課題の解決が非常に大事なテーマになることが予想されます。ですから、社会課題の解決に向き合うBtoBスタートアップにフォーカスして投資をすることに大きな意義を感じています。今の自分のスタンスを崩すことなく、これからも投資をしていけたらと思います。

最後に、私個人としては、VCとしての自分のフォーカスエリアを勉強しながらも、最新のテクノロジーに関する知識をアップデートし続けていければと思います。ここ数年で日本のスタートアップ経営者のレベルは格段に上がり、セクターナレッジを活かしたエグゼキューションやオペレーションに関するアドバイスが求められるようになりました。今後もこの傾向は続くと思いますし、経営者のレベルもどんどん上がっていくと考えています。そのようなハイレベルな経営者を相手にバリューを出すためにも、私自身のセクターナレッジを強化しながらも、新しいトレンドをブレンドしていくことで進化を続けていきたいですね。