ビジネス創造は究極の自己表現。 鋭く仮説をぶつけ合い、同じ景色を共有できる投資家として

2020.06.05

主にシードステージのスタートアップに投資をするKLabVenturePartners(現KVP)で投資家キャリアをスタートし、博報堂DYベンチャーズでパートナーをつとめる漆山乃介さん。法人営業からサービス開発まで多様な経験を経てVCの道へ。多様な経験の中から何に気づき、活かしながら起業家と一緒に高みを目指しているのか。投資家としての想いを伺った。

一介の営業が、VCのキャリアを見つけるまで

博報堂DYグループでCVCを運営されている漆山さんですが、キャピタリストになるまでの経緯を教えてください。

ファーストキャリアは大手旅行会社での法人営業です。新聞、業界紙を読みコールドコール、そして飛び込み営業。無形商材を自分の腕で売りたいと思って営業職を選んだので、これはこれで刺激的でした。ただ、徐々に商品そのものを手がけたい、成長速度を上げたいと思い、大手人材サービス企業に転じます。

大手人材サービス企業ではHR領域でメディアやコンテンツの企画制作業務、新サービスの開発業務ととても幅広い仕事をしました。誰に、他よりも優れたどのようなサービスを、どんなやり方で届けるのか、商売の基本動作を徹底的に体に叩き込みました。毎回高い壁にぶつかっていましたし、多くの失敗もありました。楽しくて気づいたら10年も過ごしていました。

そんなある時、2011〜2012年頃だったと思います。スタートアップと新サービスを共同開発する機会があったのですが、スタートアップのスピード感、アイデアの柔らかさ、失敗を恐れずサービスを磨いていく姿勢に、これは潮目が変わっていくなと感じたんです。自分のサービス開発知見を活かしてスタートアップを支えることがきないかと思ったのはそのあたりからですね。スタートアップのプロダクト開発にも携わりました。支える側に回るか、自分でやるか、迷ったタイミングもありましたが、広く事業やサービスの成功則を探求したいという気持ちが強かった。

その後様々な起業家やスタートアップとの出会いもあり、幸運なことにVCファンドの立ち上げの機会にめぐりあい、キャピタリストとしてのキャリアがスタートしました。

博報堂DYグループのCVCである博報堂DYベンチャーズのコンセプトを教えてください。

博報堂DYグループに参画してからは事業開発や投資に携わってきましたが、ここには人の創造性と可能性を信じ、それを広げていくことで世の中を豊かにしたいと日々試行錯誤している仲間が沢山いることにすぐに気づきました。それはスタートアップのカルチャーとも親和性が高い。両者をつなぐことでお互いの進化を結実させるべく生まれたのが、博報堂DYベンチャーズだと言えます。

博報堂が培ってきたフィロソフィーとして生活者発想というものがあります。人を、単に「消費者」として捉えるのではなく、多様化した社会の中で主体性を持って生きる「生活者」として全方位的に捉え、深く洞察することから新しい価値を創造していこうという考え方です。これは僕個人の問題意識でもありますが、昨今テクノロジーばかりが先行してしまい、生活者の日々の暮らしにうまく馴染んでいないのでないかと感じます。テクノロジーと暮らしに架け橋をかけるように未来をデザインしていく、そんな想いを込めて「HAKUHODO DY FUTURE DESIGN FUND」というファンド名称で活動しています。

−CVCは増加の一途をたどっていますが、博報堂DYベンチャーズの特徴は何でしょう。

今回、起業家やそのチームと博報堂DYグループとの共創を促進する仕掛けとして、クリエイティブ、マーケティング、データ・テクノロジー、メディア・コンテンツ、ビジネス・プロデュース等の各領域における博報堂DYグループの専門人材に「カタリスト」として参加してもらっています。お互いがブレイクスルーするためのまさに「触媒」のような存在です。起業家が壁にぶつかっているときに新しい角度、別のアングルから突破口、視点を提供していけるのではと考えています。

起業家とそのチームと、長い時間軸で関係性を築きたい

−色々なタイプの起業家がいますが、起業家と向き合う中で意識していることはありますか?

ひとつは、時間軸についての意識です。長い時間軸で起業家やそのチームと関係性を築きたいと思っています。もちろん、投資家の仕事としては、限られた時間であるタイミングでの事業を輪切りにして見なければいけないという側面があります。ただ、事業は過去から未来にかけて生き物として有機的に変化していきますし、起業家自身も極端な話今日と明日では劇的に違っていることもある。長い目線で、お互いの事業仮説をぶつけあえるような存在でありたいと願っています。

ふたつめに、起業家のその先にあるチームの視点ですね。起業家の先にはそのスタートアップで働くチームがあります。投資家が起業家と話すときには、その先にチームがあり、チームに動いていただく、機能するにはどうすればよいかという視点で向き合うだけでインパクトは変わってくるのではないかと最近特に思っています。僕個人のキャリアとしてサービス開発の現場をイメージしてしまうということもあるのかもしれません。

最後に、やはり起業家にとって成長や進化のための材料を提供できる存在であること。そのために海外含めビジネス環境を広く見渡して情報をアップデートする姿勢は欠かせないですし、仮説を磨いておく準備も欠かせません。相乗効果を生む存在でありたいと意識しています。

−投資をする上で、起業家にアドバイスすることはありますか?

起業家との話し合いの過程で、絶対こうしたほうがいいですよねというのは余程確信、確証のある状況でない限りやらないですね。もちろん、それをやって上手くいく人もいると思うんですが、僕自身、サービス開発をやっていたから認識していることとして、特にシード期のベンチャーは時間とお金に制約がある中で選択肢が無数にあり、その中でプロダクトマーケットフィットしなきゃいけないわけです。その中でどの選択肢を起業家に伝えたら一番伸びるのかというのはすごく悩むポイントですね。ミドル期以降は商売の再現性もある程度見えてきているので数値のシミュレーションで一定程度は担保できますが、シード、アーリーの段階では自社だけでなく外の世界も含めて過去、現在にわたり点在する無数の成長因子を洗い出し、組み立てながら、一緒に思考実験を繰り返すこと、これに尽きます。

事業の最前線から投資まで、経験してきたからこその視点で

−投資企業の事業内容ももちろん見ることになると思うんですが、漆山さんは投資する企業のどういうところを最初に見ますか?

インテグリティという言葉は直訳すると「誠実さ」を意味しますが、いわゆる首尾一貫しているという意味合いに近いと解釈しています。話を聞いてて合点が行くためには、そこに文脈がしっかりあることが重要で、それを自分でしっかりと首尾一貫したストーリーに落として事業の成長シナリオを描けるかどうかというのは気にしますね。

その文脈があった上で、バリュードライバーやKPIの分解が適切かという点も重要です。Airbnbの例が有名ですが、彼らのプロダクトはプロのカメラマンによって撮影された物件の掲載数を増やすと、自然と予約数も増えていきました。マジックナンバーと呼ばれたりもしますが、リクルートでも追うべきKPIの設計、検討に一ヶ月以上かけることもありました。KPIの構造、分解、設定が適切かどうかは人員配置にも影響しますし、成長を占う重要な要素です。

−投資対象のステージとしてシードからミドルということで比較的広く投資は検討していただけるとのことですが、漆山さんの好きな業界はありますか?

事業会社での経験が長いので、BにもCにも向き合うマッチング型のモデル、広告型のモデル、マーケットプレイスにはやはり愛着があります。HR領域が長かったので、人と組織に関わる領域は注目していますね。

業界という軸ではないですが、長く競争優位を維持できるかという視点が大事だと思っていて、それを成立させる要素として、スタートアップの組織における個とチームのバランスと事業仮説が磨き込まれており実行を繰り返せる土壌があるかがポイントだと思っています。そんな観点から愛せるチーム、ビジネスモデルであれば、業界はあまり気にならないですね。

博報堂DYベンチャーズの投資先にはどのような会社がありますか?

独自のエッジコンピューティングアーキテクチャによって劇的に安価にIoTシステム導入を実現するIdein、ドローンや衛星画像を活用した産業用リモートセンシングサービスを提供するスカイマティクス、高校3年生の3人に1人以上が使う学習管理アプリのスタディプラス、3Dアバター(VTuber)アバター配信のアンビリアル等、刺激的なスタートアップとご一緒しています。テクノロジーと生活者の暮らしが親和する未来を見据えつつ、新たなタッチポイントを創出しつながりを生み出すテクノロジー領域、非構造データの価値化とサービス実装を行っていく領域、あらゆる社会資産を最適アロケーションするビジネス領域等、投資仮説をゆるやかに持ちながら、日々起業家とディスカッションしています。

−起業家や起業をする人へのメッセージをお願いします。

サービス開発等事業のフロントラインから投資まで幅広く経験してきた中で言えることは、ビジネス創造は詰まるところ自己表現の一形態です。起業家やそのチームの思想や人格のようなもの、キャラクターが競合との違いや優位性を形成する部分があると感じています。経営を円滑に進めるためのパッケージ、知見が整備されてきたことで、スタートアップの体裁を整えることは出来ますが、そのことであまりアイデアや感じる可能性に差がない状態が生まれているなと最近特に感じてます。もちろん市場にミートしていく目線はもちつつ、長期にわたって成長し続け他とは違うユニークで魅力的な事業体であり続けるために、自分が解決したいイシューやその解決策について自分なりに表現していただきたいと思いますし、僕自身もキャピタリストとしてそうありたいと思ってます。