レガシーな業務を技術の力が解決する時代へ FINOLABの目指すこれから

2020.03.10

2016年2月に立ち上げた、FinTechを中心として、オープンイノベーションで新規事業を創造したい方のコミュニティFINOLAB。立ち上げメンバーである伊藤 千恵さんと技術面でスタートアップ企業のサポートをされる大久保 光伸さんにFINOLABでの新たな挑戦について聞いた。

FINOLABという新たなコミュニティ

FINOLABでの活動を教えてください。

伊藤 FINOLAB(フィノラボ)は、2016年2月に、三菱地所と電通と電通国際情報サービス(ISID)の3社の協業事業として東京銀行協会ビルジングでスタートしました。

FinTechを中心として、オープンイノベーションで新規事業を創造したい方のコミュニティです。

2015年からようやくFinTechについて認知され始めたので、FINOVATORS(フィノベーターズ)、スタートアップ、ステークホルダーが集まれる部室のような場所が欲しいなと思い、立ち上げに至りました。

FINOVATORSとは、経済・産業・社会の血液である金融を革新するビジネス・エコシステム形成を志すプロフェッショナルの有志の集いです。

現在、スタートアップ企業は55社(2020年2月時点)になりました。

私自身は、FINOLABの立ち上げメンバーであり、FINOVATORSとして活動もしています。

大久保 私は、2014年の春San Joseで開催されたFinovate Springで伊藤さんとお会いし、活動をご一緒するなかでこのFINOLABの構想についてお話を聞き、お誘いいただきました。

 FINOLAB設立の経緯を教えてください。

伊藤 ロンドンに、Level39というFinTechのインキュベーションセンターがあります。日本にもLevel39のように、FINOVATORSが集まっている場所に、スタートアップが来てメンタリングを受けられる場所が欲しいと思ったのが設立のきっかけです。

2014年の秋に、直接メールをしたり、英国大使館にもご協力いただいたりして、Level39にアポをとって見に行きました。ちょうどその頃、新しい取り組みをしていたイギリスの金融庁であるFCA(Financial Conduct Authority)にもお話をうかがうことができました。アメリカやイギリスで、FinTechという言葉が出はじめた頃です。

一方で、当時の日本では、FinTechという言葉は全く認知されていませんでした。しかし、私はどうしても必要だと思い、インキュベーションセンターを作ろうと動き出したのです。

「金融なので丸の内、三菱地所さんを訪問してみましょう」と思い、ダメ元で三菱地所さんの扉を叩きました。すると、三菱地所さんが、「FinTechについてはまだよくわからないけれど、日本の金融の未来を考えると必要だよね」と言ってくださったのです。

このような経緯で、2016年2月にFINOLABがスタートしました。

2016年11月末には、三菱地所さんが、ビルが取り壊しになるまでの10ヶ月限定ということで、東京銀行協会ビルジングに270坪のワンフロアを用意してくださいました。私はすぐに、スタートアップ企業2社と一緒に引っ越しをしたのです。

プロボノで組織されたFINOVATORS

 FINOVATORSのメンバーはどうやって集めたのでしょうか

伊藤 その頃、FINOLABと切り離して、一般社団法人金融革新同友会FINOVATORSという組織を作りました。金融を革新するプロフェッショナルな有志の集いです。当初から構想はあったのですが、自民党のFinTech推進議員連盟ができるタイミングに合わせスタートさせました。

プロフェッショナルなみなさんに、「FINOVATORSになると、どんなメリットがあるんですか?」と聞かれた時は、回答に困りました。

なぜならば、活動費を払って組織にコミットしてもらい、さらに、「自分の会社の利害関係を持ち込みません」という約束を遵守していただかなくてはならなかったからです。正直にいうと、プロボノでお願いはしているものの、個人的なメリットはないと難しいかもしれないと思ったのです。

一方で、既にこうした活動をなさってきた意識の高い、行動力のあるみなさんなので、趣旨に賛同してくださるのではないか……とあわい期待を持っていました。

結果として、その思いが通じて、増島 雅和先生や柴田 誠さんといった素晴らしい方々にFINOVATORSのメンバーになっていただけています。

また、大久保さんは、金融クラウドの中でとても有名でしたし、FinTechをやっていく上で、Tech側を引っ張ってくださる方だと思い、お声をかけさせていただきました。私も元々はエンジニアでプロダクトを作っていたので、一応Tech側の話について理解はできます。しかし、もっとTech側を強化する意味で、大久保さんの力が必要だと思ったのです。

大久保 当時、私はインターネット専業銀行で日本初となるパブリッククラウドの導入を担当していました。伊藤さんからお声がけいただかなければ、いまは、全く違うことをしていたかもしれません。

3〜4年くらい前から銀行にデジタル系の部署が設けられるようになり、業務とITが融合しはじめて来ました(ビジネスオーナーシップ)。私が、海外で導入事例を発表させてもらうときなどに感じていたのは、海外の金融機関のIT業務の方はテクノロジーをよく理解しているということです。そういう人たちが、スタートアップを立ち上げると、既存の金融サービスをディスラプトするようなビジネスになるわけです。

対して、日本の金融機関は、テクノロジー部分を外注することが多く、技術についての理解は深まらないままに進めてしまう。そこに問題意識を持っていました。

伊藤 日本には、大久保さんのようにテクノロジーに強いバックグラウンドがあり、グローバルなビジネスセンスを持つ方は非常に少ないですよね。それは、日本にジョブディスクリプションという考え方が浸透していないからかもしれません。いまだに履歴書でエンジニアの採用を決めている企業もありますよね。

大久保 何年間やったのか、何の資格を持っているのか、どこのポジションだったのかということを見ている企業が多いですよね。海外のエンジニアだったら、GitHubに開発したソースが載っているので、転職の時に困りません。でも日本ではそういうことができない。

伊藤 裁量とオブリゲーションが紐づいていないと、プロフェッショナルが育ちにくくなってしまいます。海外では、CTOという位置付けであれば、当然のようにCTOとしてのキャリアアップを目指していきます。

FinTech企業はソーシャルベンチャー

印象に残っているスタートアップ企業があれば教えてください。

伊藤 2012年からグローバルFinTech のピッチコンテスト「FIBC」を開催していることもあり、FINOLABのパートナー企業でなくても、おつきあいのあるスタートアップ企業さんが増えました。

大久保 どこも海外で展開されているビジネスモデルの真似だけではなく、日本の文化を理解して、サービスローンチまで至っているところが素晴らしいですよね。

伊藤 2014年に大賞を受賞したのは、マネーフォワードさんです。まだ20数人の会社でしたが、1年もしないうちに15億円の資金調達をして、あっという間に大きくなりました。

クラウドクレジット株式会社の杉山 智行さんや株式会社ナビゲータープラットフォームの原田 慎二さんは、FINOLABを作るきっかけになった存在です。

杉山さんは、2013年にロイズ銀行を退職して、起業しました。金融庁のライセンスは、ある程度オフィスが整っていないと取得できません。とはいえ、きちんとしたオフィスを構えるにはお金がかかるわけです。ライセンスがもらえないとそのサービスができるかわからない。厳しい状況ですよね。

FinTechのスタートアップ企業には、整備されたオフィスを構え、入居管理も徹底されている場所があったほうがいいんだろうなと思いました。

また、原田さんは、シティグループ証券株式調査部でディレクターを勤めた後、投資情報を個人投資家にわかりやすく、安価に、タイムリーに提供するサービスで起業されました。

大久保 一番衝撃だったのは、日本植物燃料株式会社の合田 真さんですね。その行動力には圧倒されました。

日本植物燃料株式会社は、バイオ燃料生産を計画するベンチャーなのですが、アフリカのモザンビークで、バイオディーゼル燃料を作り、無電化地域に電気を届ける事業や、電子マネー決済システムの導入によって貯金という概念を持ち込む事業を推進されております。電子マネー関連では、援助の資金や資材がいつ誰にどれだけ受渡されたのかをトレース出来るようにするプロジェクトとして、国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations)とのE-Voucher(通常の農業資材補助約25,000人とサイクロン被害の緊急支援約50,000人)や世界銀行(WorldBank)関連のプロジェクトにおけるE-Money(最貧困層への生活保護資金受渡し約300,000人)やE-Voucher(アグロフォレストリー普及のための資材補助約3,000人)を推進されたり、国連WFP(World Food Programme)との電子農協プロジェクト(※)やアフリカ開発会議(TICAD)にむけた官民連携の仕組み作り(電子農協をオールジャパンでアフリカ諸国に提供)を推進されております。

※ 電子農業: 農家が作物を共同販売、資材を共同購入出来る仕組み。売買データに基づき、農家・仲買人・資材店への信用創出を行う。農家・仲買人・農業資材店と金融機関を繋ぎ、既に国連WFPとの協業により約80,000人規模のプロジェクトを進めている。

伊藤 合田さんは、ハーバード大学の研究室と一緒にエボラ出血熱の薬も作られていますよね。

大久保 はい。社会課題の解決に向けて、とにかく行動をされていて刺激をいただきます。

伊藤 株式会社Momoの大津 真人さんもすごいですね。

大久保 2017年末のIoTプラットフォームのリリースから1年半程度で、大企業のみならず中小企業や自治体向けに約40ものIoTソリューションを提供されています。高潮や積雪など災害向けセンシングサービスなどを含む、公共・農業・工業・運輸業・建設業やインフラなどの分野でIoT事業を展開されており、農業向けソリューションは国内だけでなくインドネシアやアフリカでも使用されていますし、合田さんの日本植物燃料とも農水省のフードバリューチェーンの事業で協業されています。また、ゼネコン向けの建設機械のセンシングでは国交省のi-construction事業のハードウェア、通信、データ部分を提供されていたり、とにかく適用範囲の広いIoTプラットフォームを展開されていますね。

伊藤 基盤自体を設計して、工場で量産しています。スタートアップでそこまで徹底的にできているのはすごい。私は、このようなFinTech企業はソーシャルベンチャーだなと感じています。

社会課題を解決するスタートアップを募集

今後は、どういったスタートアップ企業を支援していきたいでしょうか

伊藤 社会課題を解決するために真っ向勝負で取り組んでいる会社さんであれば、業種は問いません。FinTechとうたっているので、金融企業でないといけないと捉えられているかもしれませんが、そうではありません。

現在は、お金とITに絡まない事業はありませんよね。実際に、FINOLABは金融以外のソリューションも提供しているスタートアップさんがほとんどです。

金融にこだわらず、社会課題を解決したいスタートアップさんにきていただきたいです。これから目指す方も歓迎しています。

大久保 例えば、Authleteさんは、グローバル基準のセキュリティサービスをSaaSで提供されています。APIのセキュリティには欠かせない OAuth 2.0 およびOIDCの実装を世界で初めてサポートされており、すでに複数の金融機関向けにサービスを提供されていますが、単独でFinTechサービスを提供されているわけではありません。安心で安全なAPIエコシステムを形成するために不可欠な存在です。

伊藤 Studio Ousiaさんは、チャットボット、自動応答のエンジンを作っている会社で、アメリカのコンテストで優勝しています。FinTechではないですが、金融企業が採用できるサービスを提供していますので、仲間になっていただきました。

そういう意味では、FINOLABがFinTechを広く捉えているということですね。

どういったアプローチで支援をしていきたいですか

伊藤 私自身は、事業開発から寄り添って併走していきます。「誰に相談していいのかわからない」という相談にのるのが得意です。

ソリューションの売り先を探したい、資金調達をしたい、人材を探したい、露出を増やしたいといった要望を聞いて、それに合わせて、実現できる人をご紹介します。ご紹介する方にとってもメリットがあるように、ストーリーを作ってから紹介するようにしています。

スタートアップ企業が10社未満の時は、個別にヒアリングし、紹介をして、その後の状況を把握するといったことができていましたが、現在は、数が増えて難しくなってしまったので、もう少しシステム化できるような仕組みを作りたいと思っています。

あとは、スタートアップ企業のソリューションをFINOLABで採用して実績を作っていきたいですね。

大久保 注目している業界はRegTechです。日本の金融機関では採用されていない、各種リスク管理業務等の課題を技術で解決できるようになることを願っています。そういう課題にチャレンジしているスタートアップ企業を技術面・規制面から支援していきたいです。将来的にはここFINOLABから、世界に飛び立って欲しいと思っています。