C向け事業でリードを取る。オンリーワンを突き詰めるVCの投資の極意
投資対象の領域を、あえてC向け事業に絞る──。
B向け事業への投資が目立つVCの中で、あえて異色のポジショニングをとるのが、新和博さんらが率いるW venturesだ。2019年4月の設立から1年。自らのポジショニングも投資先の選定も「オリジナリティ」を大切にしてきた。この1年を振り返りながら、「人と同じ道は歩まない」という新さんの投資への考えを探る。
目次
CVCではできない挑戦をしたい。覚悟を決めて、W venturesを設立
−W venturesは、2020年の4月で設立から1年が経ちました。新さんはなぜ、VCを立ち上げようと思ったのですか?
一言でいうと「覚悟を持ってベンチャー投資に向き合いたい」と思ったからです。W venturesを立ち上げる前は、ミクシィのCVCであるアイ・マーキュリーキャピタルで代表を務め、FIVEやポケットコンシェルジュ、スタディプラスなどに投資をしてきました。
ただ、少しずつ「会社員」という守られた立場で投資をする自分に違和感を覚えるようになったんです。独立系VCの場合は、投資先の成功や失敗がダイレクトに報酬や立場に反映されますが、CVCの場合はそうとは限らない。投資先を決める際にも、アイ・マーキュリーキャピタルではミクシィの事業戦略とのバランスを見ながら判断しなければいけませんでした。投資担当個人として投資をしたいと感じていても、将来的にミクシィの競合になる可能性が高い企業への投資は見送らざるを得ませんでした。
CVCだからこその利点はもちろんありますが、私は自分自身の判断に責任を持ちながら、投資の可能性を広げていきたかった。その方が大きなリターンを出せると思ったし、結果的にお金を預けてくれる出資者にも貢献できると思いました。そこで、独立を決意しました。
−独立を決めてからは、どのように動いたのでしょうか。
ミクシィの取締役会で合意をいただき、ミクシィがLPとなり、W venturesがGPとなる二人組合形式のファンドの組成することになりました。
本当に苦労したのは、W venturesを設立してから。特に経理や会計、庶務などのバックオフィスを整えることが大変でした。これまでは大企業でキャリアを重ねてきたので、バックオフィスが充実していたんです。でも、自分でやってみると抜け漏れが多くて、苦労しましたね。
−印象に残っているエピソードはありますか?
一度、公式Webページを開設したばかりの頃に、サーバーがダウンしてアクセスができなくなってしまったことがありました。調べてみると、レンタルサーバーの提供会社に料金を支払い忘れていたことが原因だとわかって(笑)。これまで、裏側から支えてくれた人がいたからこそ、スムーズに仕事ができていたんだなと感じました。まるで、初めて一人暮らしをして実家の母親に感謝するような感覚です。
−バックオフィスのありがたみを感じたんですね。今はどのようなメンバーで投資をしているのでしょうか?
私と共同代表の東明宏を含めて、5名で投資活動に取り組んでいます。共同代表の東は、グロービス・キャピタル・パートナーズで投資経験を積んできた人物。CVC出身の私とは、投資の視点やリターンの出し方、バリューアップの仕方も異なるので、非常に勉強になります。他には、資産運用会社出身のメンバーや中国出身のメンバーがいます。日本だけでなく、中国や香港、台湾のトレンドも観測しながら投資を進めていますね。
投資の決め手は、ユニークなポジショニング
−現在は、どんな企業に投資をしているのですか?
シードやアーリーステージのスタートアップを対象に、2020年4月時点で計25社に投資しています。「スポーツ」「エンターテインメント」「ライフスタイル」をテーマにしたC向けの事業を展開している企業が中心です。
私たちが投資をする際に注目するのは、競合他社と比べて「ユニークなポジショニングができているか」という点。例をあげるならば、国内最大級のスニーカー特化のCtoCマーケットプレイス『モノカブ』を運営するBrhino社や、猫の生活を24時間365日見守り健康管理するウェアラブルデバイス『Catlog』を開発するRABO社です。
−それぞれ、どんな点に注目をしているのでしょうか。
Brhino社の『モノカブ』は、「熱狂的なファンが集う市場」「海外でも類似サービスが成長している」「既存のCtoCプラットフォームの課題をクリアしている」という点から投資を決めました。
スニーカーは今や、定価の何倍もの値段で取引をされることが多い。物によっては、数十万円の値段が付くこともあります。それにも関わらず、日本国内でスニーカーに特化したプラットフォームを運営している企業が他にありませんでした。海外を見てみると、アメリカや中国で同様のプラットフォームが成長していたので、これは日本でも成長の可能性が大いにあるだろうと感じました。
また、日本では、既存のフリマアプリなどでスニーカーも取引されていましたが、偽物が横行してしまうという課題がありました。『モノカブ』では、売り手から買い手に商品を届ける前に鑑定を挟むことで、その課題をクリアしたんです。
−熱狂的なファンが集う市場と、既存の課題を解決した点が大きかったと。RABO社はいかがですか?
RABO社の『Catlog』は「猫への熱狂的な愛」と「市場を冷静に見極める目」、「専門性」が魅力です。代表の伊豫氏は学生時代、海洋生物に小型のセンサーを着けて生態行動を調査するバイオロギング研究をしていました。また、20年以上に渡り猫を飼っている愛猫家です。
創業のきっかけは、就職してから家を空けることが多くなり、「留守番させている間、猫は何をしているのだろう」と不安に思うことが増えたから。学生時代に学んだバイオロギングを応用させて、猫の行動を可視化できれば、不安を解消できるのではないかと考えつきました。
ペット市場を調べてみると、犬よりも猫の方が多く飼われているというデータがあり、ニーズもあると踏んだそうです。ちなみに、猫のことは「猫様」と言わないと怒られてしまいます(笑)。
−かなり敬われていますね(笑)。C向けのスタートアップに特化しているのは、VCとしては、かなり珍しいですよね。
W ventures自身もポジショニングをかなり意識しています。最初に投資領域を決める際に、「目指す市場でNo.1が取れるか」という点はかなり考え抜きました。
そこで、ライバルが少ないC向けの事業に絞り、リードインベスターとして名乗りを上げることを決意。私自身も、C向けのサービスが好きなので、投資をしていて楽しいです。
−ご自身もユニークなポジショニングを意識されているのですね。投資先を支援する時には、どんなことを意識されていますか?
広報/PRの支援に力を入れていますね。キーマンの採用や新規ユーザー獲得に繋がりそうなタイミングを見極めて、W venturesで広報パートナーの田山が一社一社に合わせた企画を提案していきます。田山は、インフォバーン社やエウレカ社で広報の立ち上げから携わり、国内最大級の恋愛・婚活マッチングサービス『Pairs』の広報活動を通して、マッチングサービス市場そのものの啓蒙にも尽力してきた経験を持っています。メディアとのつながりも深いので、人脈と経験を生かしながらサポートしています。
投資先には、個性豊かなスタートアップが揃っている。その魅力を届けていくためにも、世の中に受け入れられやすい空気作りはしていきたいですね。
芯の強さと柔軟性のある起業家との出会いを求めて
−今後は、W venturesをどのように展開させていきたいですか?
プレシードなど、もっと早いフェーズの企業にも積極的に投資をしていきたいと考えています。今は他の投資家からの紹介で起業家と出会うことが多いのですが、起業家と直接会える機会を増やして「発掘」に力を入れたいですね。オフィスアワーという形で、起業家がW venturesのメンバーに気軽に投資の相談ができる機会を引き続き設けていくことに加えて、数千万円規模の投資を最短1営業日で決定する投資プログラム『W speed』も発展させながら継続していく予定です。
−プレシードの企業には、エッジのきいたアイデアが眠っていそうですよね。最後に、投資をしたい起業家を教えてください。
意志の強さと、柔軟性のバランスを持ち合わせている起業家です。私たち投資家の話を参考にした上で、自分の頭で考えて判断を下せるような方をサポートしていきたいですね。最終的には、起業家自身の「納得度」が大切。彼らの中にあるオリジナリティを大切にしてほしいですし、一緒に育てて挑戦を続けていけたらと思います。