ヘルスケアベンチャーの「存在意義」に向き合う。 巨大市場を牽引する異色の投資家。
大学卒業後⽇⽴造船株式会社⼊社し、新規事業のDNAを学んだ⻘⽊武⼠さん。2009年に株式会社エス・エム・エスへ入社、その後、キャピタルメディカグループにジョインし、2016年にキャピタルメディカ・ベンチャーズを立ち上げた。ヘルスケア領域に特化し、投資を行う青木さんの思いとは。
目次
プロダクトをトライできるフィールドを
−青木さんが代表をされているキャピタルメディカ・ベンチャーズの創業の経緯を教えてください。
キャピタルメディカ・ベンチャーズは、ヘルスケア領域に特化したVCを運営しているファンドです。
僕は、10年弱、エス・エム・エスというヘルスケア事業の会社に勤務し、投資や新規事業に携わってきました。その後、キャピタルメディカグループにジョインし、2016年11月にキャピタルメディカ・ベンチャーズ立ち上げました。
ヘルスケア領域は、一般的なスタートアップのように、市場にポップにプロダクトを投げて、フィードバックをもらいながらブラッシュアップしていくというプロセスが取りにくい構造です。究極的には人の生死に関わってくるので、中途半端なものを「まず患者さんに試してもらおう」ということができないんです。
ですから、ヘルスケア領域のスタートアップ企業は、プロダクトを作ってもトライする場、病院や医療者に使ってもらう機会が非常に少ないという現状がありました。
実際に私が訪問介護ステーションやヘルスケアのwebサービスなどの事業を行っていた時もこの壁にぶつかった経験があったので、ずっと「なんとかしたい」と思っていました。
ヘルスケアは規制が厳しい領域でもあります。スタートアップ企業は、規制や作法を理解した上で新しいサービスを作っていく必要があります。
例えば、ITベンチャーが、「儲かりそうだから、遠隔診断のプラットフォーム作ろう」とヘルスケア領域に参入しとも、医療法などをおさえた上で、プロダクトを作らないとならない構造にあるので、このようなレギュレーションを理解しないまま進めても上手くいかない、ということがよくあります。最低限押さえておかなくてはならないポイントを押さえずに失敗してしまうことは残念ですよね。
ヘルスケア領域でのスタートアップ支援には、プロダクトをトライできるフィールドと業界の規制や作法に詳しい人によるサポート支援が必要不可欠だと思っていました。
そのようなことを考えているときに、30施設ほどのパートナー医療機関を支援しているキャピタルメディカと出会い、「このフィールドはスタートアップ企業がトライする場にマッチするかもしれない」と思ってジョインしました。そして、入社してみると、実際にトライできるフィールドがあることがわかったので、キャピタルメディカ・ベンチャーズを設立しました。
ヘルスケア領域のスタートアップ全社へ会いにいく
−どのようにして投資先を見つけているのでしょうか。
ここ10年間、特にこの3年は、毎日ヘルスケアニュースをピックして配信しており、その中で引っかかったヘルスケアスタートアップをデータベース化しています。興味があり、お会いしたことがない企業の方がいらっしゃればすぐに会いにいくようにしています。ヘルスケア領域のスタートアップ企業は1,000社もないので、頑張れば全社と会うことができるんです。
また、ヘルスケア領域に特化することで、事業開発の場所を提供できる国内で唯一のVCであると認知してもらえ、他のVCや起業家の方からご紹介いただくこともあります。
−現在、深く支援をされている会社を教えてください。
リードを取っている会社とは、特に深く関わらせていただいています。こちらからは、基本的に週に1回進捗報告してもらうことをお願いしており、その中で、例えば「病院のフィールドにトライしにいきたい」などのご要望をいただけば、アレンジから実行までサポートをしています。
群馬県にある株式会社ワンライフは、発達障害の子どもの支援施設や障害者向けのサービスを提供している会社です。また、障害者のeスポーツのプロの養成もしています。筋ジストロフィーやALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病の方は、その病気の特徴からできることが次第に少なくなっていきます。eスポーツの領域では、例えば息だけでプレーができるデバイスが開発されるなど、健常者や障害者の概念がないインクルードなスポーツで、やればやるだけ強くなることができます。障害のある方の暮らしに目を向けた時、生活のケアをしてもらい、内職をするだけの日々では面白くないですよね。「この大会に出ようぜ」とeスポーツでチームを組んでチャレンジすることは生きがいにもなるのではないでしょうか。
代表の市村均弥さんはゼロベースでものを考えられる方です。「そもそもなぜ勉強しないといけなかったんだっけ?」と考えて高校を辞めてしまうというエピソードのある方。さらにいうと、働いてみて「あ、ちゃんと勉強しないとダメだわ」と気づいて東工大に入学してしまうような方です。
さまざまなビジネスにチャレンジする中、「なぜ障害者はかわいそうな存在になっているのだろう? おかしいのではないか」とゼロベースで考えて、現在のこだわりをもったサービスを提供するようになりました。
株式会社笑美⾯は、介護施設・⾼齢者施設の無料紹介サービスを運営している会社です。
一般的に病院は、入院している患者さんを早く退院させるようにインセンティブが掛かっています。社会的入院が多くなると医療保険がかさみ、国の財政を圧迫する為、厚労省から指針がでています。長く入院がされない様に、イメージですが、1日2万円の入院点数がついていたものが、90日後には1万円の点数になってしまいます。よって、同じサービスを提供しても点数が経るのでは経営が成り立たないので、病院としても適切な期間で入院患者さんを退院させるように動いています。
しかし、退院する患者さん(多くは高齢者)の状態に合わせた生活環境を探し出す事が難しい。病院の退院支援室を悩ませているのが、このような患者さんとその方が幸せに過ごせる施設を探すことです。病院のメディカルソーシャルワーカーは、財力や家族構成、趣味などを勘案してその方にマッチする介護施設を選定し、電話で1件ずつ受け入れの可否を確認していました。
このようなマッチングをサポートするのが笑美⾯です。9,000以上の介護施設データベースから、患者さんをマッチングするノウハウを持っており、患者さんに最適な介護施設の選定する業務を病院から請け負っているのです。メディカルソーシャルワーカーは、マッチングの業務が減り、メディカルソーシャルワーカが院内でやるべき業務に集中できるようになるため、泣いて喜ばれていることもあるそうです。
報酬は、介護施設側からいただきます。介護施設側としても、入居者獲得のためにチラシを配る手間が省けたり、入居してすぐにご逝去され空きが出てしまった時にご紹介してもらえたりとメリットがあります。関係者全てがwin-winになるサービスだといえますよね。
経営者の生い立ちからやり抜く人かを判断
−投資を決めるときのポイントを教えてください。
経営者の人柄と事業のどちらも大事ですが、人柄を特に重視しているかもしれません。
好きな経営者のタイプは、徹底してやり切る人ですね。お話をする際に、僕はその方の生い立ちから聞いていくことが多いのですが、それはモチベーションの源泉を知りたいからなんですよね。「この人はやり続けられる人なのか?」、ここに疑問を感じたら関係性を構築することは厳しいと思います。
年齢は30代の方が多いですね。ヘルスケア領域は規制が多くバランス感覚が必要なので、若手がやるにはちょっと難しいかもしれません。
また、テクノロジーですべて解決というよりは、導入オペレーションが重要な領域でもあります。ヘルスケア領域では、仮にプログラム1つで解決できるテクノロジーがあったとしても、現場で導入する人たちのスキルセットに合わなければ全く使われない為、現場の方々が使えるような導入オペレーションがとても重要です。
−投資先の社長はどんなことに苦しんでいますか?
これは一般的なスタートアップと同じかもしれませんが、シード期は、売上とトラクションがないと次のファイナンスができないので、このトラクションづくりに悩まれている方が多いです。そして、そこをクリアすると今度はチーム作り。4〜5人の時はツーカーで経営することができても、10〜20人の組織体制になるとなるとそうはいきません。これまで出来ていたスピード感が出なかったり、ベンチャーなのにサラリーマン体質な人が出てきたりして、このような組織設計に経営者の多くは悩まれています。
そして、黒字化すると、今度は経営者の危機感が薄れて、チャレンジ精神が減少し、成長スピードが落ちてしまうこともあります。このようにステージによって悩みは変わっていく印象です。
−投資規模はどのくらいのレンジでしょうか?
我々のファンドは12.5億円の小さなファンドなので、1社あたり数千万円〜5,000万円くらいの軸がちょうどいい感じですね。そこからフォローオン投資を検討していきます。
⽇⽴造船で学んだ新規事業開発のDNA
−青木さんのこれまでのキャリアを教えてください。
学生時代はただただ「でっかいことをしたい」という軸で就職活動をしていました。アホですよね(笑)「でっかいこと」といえば「でっかいもの」だと考えて、2003年に⽇⽴造船株式会社に営業職で入社したんです。
しかし、入社した瞬間に造船業をカーブアウトすることになり、エネルギー系の新規事業の開発部署にアサインされました。
意外かもしれませんが、⽇⽴造船はすごく新規事業を作る会社なんです。造船業は、歴史的に30年間で好況と不況を繰り返すといわれています。不況の時は暇になってしまうので、みんなが色々なことを考えるわけです。そういうDNAを持っているんです。
例えば、「楽天トラベル」は、日立造船が作った「旅の窓口」を引き継いでいます。「杜仲茶」というお茶も日立造船が作って小林製薬さんに売却しています。今のメイン事業は、ゴミの焼却プラントなのですが、それは造船の時のボイラー技術を活用して作ったと聞いています。昔は、造船のドックで鯛の養殖をしたこともあったそうです。残念ながら、これは病気が発生して全滅してしまったそうですけど(笑)。
新規事業に開発の部署にアサインされたのは非常に良い経験になりました。3年弱くらい働いた後に、先輩に誘っていただきIT系のベンチャーに入ってM&Aや買収先のソフトウェア会社の経営をしていました。その後、2009年から株式会社エス・エム・エスに入社しました。
大変だったり、辛かったりした経験はたくさんありますが、振り返みると「あの経験をしていてよかった」と思います。「あの経験があるから今こういうことができているんだな」と実感するので、どこの仕事も全て良い経験ですね。
拡大し続けるヘルスケア領域
−ヘルスケア領域は社会的な意義が大きいですよね。
そうですね。我々は、投資先の「アウトカム」、「最終的にどんな社会に貢献をするのか」をまとめたインパクトレポートというものを作成しています。「病気がなくなる」とか「患者さんのQOLが上がる」といった、その会社の存在意義ですね。
それぞれの企業は、この存在意義のもと各サービスを提供しています。しかし、月日が経つとその軸を途中で忘れてしまったりずれてしまったりする。ですから、事業活動をして、アウトプットとして何を出し、それをやり続けると最終的にこんな世界が実現できるというロジックモデルを作っているのです。
日々の業務に追われていると、売上だけに目がいってしまいます。キャピタリストと経営者だけならそれでもいいのですが、チームを作っていくときにはそれだけでは不十分です。
インパクトレポートを用いて、「だから今こういう事業をしているんだよ」と何度も説明しないといけません。ビジョンの共有があると社員さんも安心できますよね。
−ヘルスケア系ベンチャーへの投資は増えているのでしょうか?
増えています。2017〜2019年の3年間、どこの会社がどれだけ調達しているかというデータを収集してきたのですが、毎年資金到達額を更新しています。2019年の創薬を除いたヘルスケアベンチャーの調達額は450億円を超えています。これは2018年のフィンテックを超えた額です。そして、今後はさらに増えていくと思います。
−今後はどうしていきたいですか?
今の延長線上で速く規模を拡大させていきたいです。
「ヘルスケア領域についてはよくわからない」という方が多いので、ニーズがあるにも関わらず、資金の供給が途中で止まってしまうことがあるんです。数百億円のファンドを持っていれば、パワーで引っ張っていくことができると思っています。このようなアプローチで、私は社会に還元していきたいです。