防衛大出身の投資家へ。(前編)

2020.01.24

防衛大学校を卒業後、自衛官ではなく朝日放送株式会社(現朝日放送テレビ)へ入社。2015年にABC DREAM VENTURESに参画したことをきっかけに投資の世界へ。自分たちが持ち得ていないサービスや事業を提供する企業を支援している。投資の傾向としては、日本をより良くしようとする企業に積極的に投資をしている。

今回のインタビューでは、異色のキャリアを持つ白井さんの投資家としての素顔に迫る。

人が育つ環境は人それぞれ

ご経歴を拝見すると、防衛大出身のようですが、入学の経緯と当時の大学生活について教えてください。

周囲からは珍しがられることも多いのですが、実は防衛大出身なんです。ただ、一般的な高校生活を送っていましたので、特に国防を目指していた訳ではありませんでした。防衛大は防衛庁の管轄なのですが、入校のきっかけは、たまたま自宅に「試験を受けてみませんか」という防衛庁からの勧誘の電話がかかってきたことです。

電話がかかってくるまでは、防衛大のことは全く知らなかったです。元々、大学は青春を満喫することばかり考えていたので、お恥ずかしながら、肉体的にも精神的にも辛い生活になる心構えはありませんでした。なので、防衛大学校学生は公務員という位置付けで、入学試験ではなく、採用試験であることすら気付いておりませんでした。
 
入校してみると、軍隊の分刻みの厳格な規律による集団生活はは筆舌に尽くしがたいほど過酷なものでした。ベンチャーに例えるとまさに、「ハードシングス」といったところでしょうか。今となればこういったエピソードは、初対面の方に自分に興味を持ってもらうきっかけとなり自分を印象づけることができる強み、ネタになっている部分はありますが、当時は本当に辛くて笑えなかったですね。唯一の楽しみといえば寝る時間くらいでした。2230(フタフタサンマル)つまり、夜の10時半になったら消灯ラッパが鳴り、就寝となります。やっと寝られるぞと思いながら就寝していたのを思い出します。

事業はいつも人によって動かされている

防衛大から、なぜ一般企業へ就職されたのですか。

防衛大学校学生は、他の大学とは異なり国家公務員という位置付けになります。卒業後は、幹部候補生学校を経て、幹部自衛官として海上自衛隊に任官する予定でした。しかし、大学校3年生の時に父親が他界した為、様々な経済的な理由で、急にお金が必要になりました。

そんな時、給与が良いと父親の知り合いに勧めてもらったのが放送局での仕事でした。4年間テレビを全く見ずに過ごしていましたし、任官辞退する葛藤もあったのですが、結果として、2002年に朝日放送に拾っていただきました。面接の際には、防衛大出身というだけで、面接官にも興味をもっていただくことができました。放送局は個性豊かな人材が多く、個性を発揮して認めてもらうことは容易なことではないので、防衛大での経験に救われました。

実際に就職をされてからは、防衛大での経験や学びが活きた場面などはありましたか。

リーダーは、「指揮官タイプ」と「参謀タイプ」の二つのタイプに分かれると思っています。防衛大での経験から、指揮官を支える、右腕と呼ばれる参謀が軍隊にとって大事だという考え方を学びました。参謀とは1人の天才ではなく、複数人の凡人を前提とした仕組なのですが、企業においても参謀という存在が非常に重要だとと考えています。参謀が不在だと、指揮官の意思決定や事業の推進力が弱まって、物事が進まなくなってしまいます。ベンチャー企業は、組織内で人の入れ替わりが激しいので、人を繋ぎ止める魅力や事業のビジョンと同等に、指揮官タイプと参謀タイプによる強固な組織作りが重要だと考えてます。

もがいたからこそ、ベンチャーの大変さが分かる

現在、投資家として活躍をされていますが、投資家としてのキャリアを歩む前は、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。

配属はスポーツ局で野球中継、番組制作を8年半担当させていただき、その後、コンテンツ事業部で有料会員サイト事業(月額課金モデル)を担当させていただきました。コンテンツ事業部へ異動した2010年は、当初6000億円近くあったiモード市場が、スマートフォンが売り出された影響で、会員数が減少していく厳しい状況でした。スマホが世間に出たことで、今までの既存の価値観が激変していくのを目のあたりにしました。今まで目の前にあった大きな市場が、急激なスピードでなくなっていく様子を目にしたことはありませんでした。
 
そのような状況下だったので、スマホ領域に事業の軸足を移すことになりましたが、努力がそのまま成果に繋がるわけではなく、成果をあげることの難しさを痛感しました。本業はテレビやラジオの放送事業なので、運営するサービスとの連携に奔走しましたが、テレビやラジオにとってスマートフォンは異物もしくは敵なので最初は理解してもらえず、相手にされませんでした。この時の、自分たちの商品をメディアに売り込む経験は、ベンチャー企業のみなさんが取り組まれていることと同じですね。

上述のような経験を積む中で、放送事業と事業の立ち上げに似た経験を持つ人間が社内に私しかいなかったこともあり、2015年に立ち上げ間もないABC DREAM VENTURESの一員として、投資家としてのキャリアをスタートさせました。

(後編に続く)