プログラマー起業家が未来を創る。 プログラマー特化投資家の想い。
2018年にプログラマー起業家への投資に特化したシードファンド MIRAISE(ミレイズ)を設立した岩田真一さん。ソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートさせ、その経験を基にP2Pアプリケーション開発会社アリエル・ネットワークの設立に参加。その後は、スカイプジャパンの代表取締役としても手腕を発揮してきた。今回のインタビューでは、そんな経験豊富な岩田さんにお話を伺い、なぜ投資家としてのキャリアを選び、プログラマー起業家を支援するファンドを設立したのか、知られざる素顔に迫った。
目次
P2P事業の失敗からスカイプジャパン設立へ
−P2Pの著書を出版されていますが、どのようにしてP2Pに関わるようになっていったのでしょうか。
僕はロータス社でエンジニアとしてのキャリアをスタートし、マイクロソフト社のMSN事業部に転職しました。ロータス社では、アメリカで既に製品化されているものを日本でローカリゼーションするという業務に従事していましたが、それだとサービスのスペック部分に関わることができず、少し物足りなさを感じていました。MSNでは国内での仕様策定のチャンスもあり魅力を感じていました。そんな時、ロータス社在籍時の上司がアリエル・ネットワーク社というスタートアップをエンジニアだけで起業するという話を聞きました。そこだとプロダクトをゼロから作り上げることが可能で、スペックに関わったり、オリジナルコードを書ける楽しみもあると思いアリエル・ネットワーク社に参画することを決めました。
アリエル・ネットワーク社に参画してからはP2Pベースのグループウェアを開発していました。ただ、僕たちの思いとは裏腹に当時はまだサービスのニーズが低く、全然売れないという苦しい時期を過ごしました。一方、P2Pという素晴らしい技術自体が正しく認知されていないという認識のもと、P2P界隈の有志が、P2Pに関する知識を更に深めるため「P2P勉強会」が定期開催されていたのもこの時期です。P2P勉強会では、P2Pの有識者から単にP2Pに興味があるという人まで様々な人を集めて議論し、P2Pに関する知識を共有し、深めていきました。
−アリエル・ネットワーク社から転職してあの有名なスカイプジャパンを設立した岩田さんですが、その経緯を教えて下さい。
当時、スカイプと近似している無料のサービスがいくつかあったのですが、それらサービスはアプリ使用中に表示される広告収入によってコストをカバーしていました。一方で、スカイプは広告が出ない仕様になっていたんです。P2P勉強会でもスカイプがP2P技術を使っている、という話題がよく出ていて、そのテクノロジーについてディスカッションをしていました。
その後、色々とスカイプを調べているうちに、P2P技術が本来の強みを発揮できるように活用されているとわかり、衝撃を受けました。アリエル・ネットワーク社で扱っていたP2Pの技術とはタイプが異なりますが、その衝撃は大きかったですね。見た目はシンプルで誰でも最初から簡単に使えて期待以上に満足できる、しかし裏側では最先端のP2P技術が使われていました。サーバーをほとんど使わないP2Pネットワーク上で動作しているために(サーバーコストが掛からず)広告に頼らずとも運営できている。まさしくテクノロジーソリューションだと思いました。
その頃、ある方からスカイプのテクノロジーについて記事を書かないか、という依頼を受けまして、それをきっかけにいくつかの雑誌にスカイプに関する記事を執筆する機会を頂きました。すると日本でP2P(特にスカイプ)に詳しい人物ということで、アリエル・ネットワークの同僚経由で、当時のスカイプの日本の担当者とお会いすることになったのです。最初はスカイプとコンサルティング契約を結んで、アリエル・ネットワーク社としてサポートするという話だったのですが、最終的にはスカイプ社から入社のオファーを頂きました。
自分が創業メンバーとして頑張ってきたアリエル・ネットワーク社を去ることに迷いはありましたが、同じP2Pテクノロジーで飛ぶ鳥を落とす勢いでグローバル展開をしているスカイプと自分では何が違ったんだろうという思いが大きくなっていきました。実際に自分が中に入り、内側からスカイプを見ることでその違いを自分の目で確かめたいという思いから、まだ日本法人も存在しなかったスカイプ社への参画を決めました。その後、スカイプジャパン株式会社を設立しました。
捨てきれない起業への思い。プログラマー特化投資ファンドMIRAISEの設立
−エンジニア、起業家のキャリアから、なぜ投資家の道に進まれたのでしょうか。
アリエル・ネットワーク社での失敗は本当に悔しかったので、スカイプジャパン設立後も、いつかまた自分で起業したいという強い思いがありました。7年後、マイクロソフトにスカイプが買収されたタイミングで次のビジネスプランを考え、今度は自分が創業社長として事業を興そうと考えていました。
そんなときにスカイプ創業者が運営していた欧州のファンド、ATOMICOからオファーをいただいたんです。将来の起業を見据えると、投資家サイドの視点を知るという事は重要であるという思いと、スカイプ創業者への恩返しの気持ちでATOMICOに入り投資家としてのキャリアをスタートさせました。
−投資家としてATOMICOに参加した岩田さんですが、その後ご自身でVCを立ち上げたきっかけを教えて下さい。
自分でVCを立ち上げたきっかけは、やはり起業したいという気持ちが捨てきれなかったことです。ATOMICOでは投資家として様々なビジネスに触れ、若い起業家にアイデアを出すという貴重な経験もできました。それでも、自分で起業して、自分の主導で投資をしたいという気持ちが大きかったのです。また、海外のスタートアップエコシステムを見渡すと、ATOMICOのように自らが起業家だったり、エンジニア出身のVCが数多く存在しているのに、日本にはあまりないという気づきもありました。自分が経験してきた、エンジニア(プログラマー)、起業、投資、グローバルといった経験をすべて活かすことができるファンドを日本で作れないか、と思いました。そういう背景から、2年ほど準備して、今回プログラマー起業家への投資に特化したシードファンドのMIRAISEを立ち上げました。
プログラマーに未来を託したい
−MIRAISEといえばプログラマーに特化した投資ですが、プログラマー起業家の定義とは何でしょうか。また、なぜプログラマーに特化した投資をしているのでしょうか。
プログラマー起業家とは、起業家自身がプロダクトを開発している優れたエンジニアである、と定義しています。また、社長はエンジニアではなかったとしても、高いレベルでの技術知識を持つ、または社長と同程度の株を持つ優れたエンジニアが創業チームにるケースも対象としています。
プログラマーに特化して投資をしている理由としては、僕自身が元プログラマーなのでその分野が好きというのもありますが、本田宗一郎や井深大などの偉大なエンジニアが時代を作ってきたと思うと、IT時代のエンジニアであるプログラマーに未来を託したいという気持ちが強いからです。日本では技術というと、ハードウェア、半導体、バイオなどディープテックが主流で、ソフトウェア特にWebテクノロジーに対しては軽視する傾向が今も続いています。その一方、毎日のようにGAFAMという言葉が紙面を賑わせています。世界を席巻しているプラットフォーマーの創業者たちの多く(ほとんど)は、エンジニア出身なんです。日本では、そのことに対する理解が乏しく、思考的な遅れがあると思っています。
−起業家がプログラマーであること以外に見るポイントはありますか。
MIRAISEは設立直後のプレシード期、またはシード期のスタートアップへ投資をするファンドなので、ビジネスモデルをみて投資判断をするよりも、エンジニア起業家自身のスキルの評価がまず基本になります。その起業家が実際に過去に作ったものを見せてもらったり、これからやろうとしているプロダクトのプロトタイプを見ます(エンジニア起業家は大抵起業前にすでにプロトタイプのようなものを作っているケースが多いのです)。それらが基本で、さらにその起業家が単なる技術オタクではないかどうか、をチェックします。自分の技術力を使って何らかの社会課題を解決できそうだ、という強い思いを持って起業しているかどうか、その起業家の人間性や事業への想いも丁寧に伺って、投資判断をするようにしています。やはり、創業期のスタートアップは、起業家自身が一番の資産になりますからね。
上述した事に加えて、プログラマー起業家がいずれ経営者を外部から迎えて、CTOになる可能性も見ています。会社立ち上げ当初はプログラマー起業家がCEOだが、あるタイミングで営業専門の人などが入ってきて売上が大きくなっていくことはすごくいい成長パターンだと思っています。GoogleやFacebookは、プロ経営者が入って成長が加速した顕著な例ですよね。そうすれば、プログラマー起業家は専門分野である技術的な部分に集中できるんじゃないかと思うんです。プレゼンが得意だったり、突然ビジネスに目覚めるエンジニアも多いので一概には言えませんが、メンバーそれぞれが得意分野で能力を最大限に発揮し苦手な分野は補い合って、バランスの良いチームで柔軟に経営ができることについては投資先(または投資検討先)経営者とよく話しています。
−起業家や起業をする人へのメッセージをお願いします。
起業が全てではないと思いますが、心の中に起業という選択肢が一つも入っていないというのは残念に思います。学生のうちから起業家という選択肢があるような社会になってくれると嬉しいですね。特に優秀な学生であれば有名企業から来てほしいと誘いを受けると思います。その一方で、起業は自分で挑戦しようと思わない限りはできませんよね。だから、選択肢の一つとして、起業というものを残して置いてくれていると嬉しいです。
あとは日本では特にそうなのですが、「起業家=変わった人」みたいな風潮になってしまっていることが残念です。更にいうと、「起業家=金儲けしたいやましい人」という固定的なイメージになってしまっている空気感も感じます。そのような起業家は当然いてもよいですし、何ら否定するものではありませんが、本来は自分の力で何かを成そうという心意気は称賛されるべきなので、もう少し起業家を応援するとか、学校でも家庭でも何かを始める人を讃えるような空気感が広がって欲しいと思います。
最後になりますが、起業家によく伝えているのは「投資家の目線から見れば、失敗は何回しても気にしないし、そこから学ぶサイクルは貴重だ」ということです。一方で、嘘をついたり、適当なことを言ったり、誠実性に反した経営をしていると投資家は離れていってしまうし、あっという間に評判は広まってしまうので一度たりともそういうことをしないように十分に気をつけるべきと思います。エンジニアやプログラマで起業している起業家、起業を考えている人も是非ご連絡下さい!