ぶれないという生き方に魅せられた男

2020.08.04

欧米を拠点とする株式ファンドOrbis Investmentsでインターンとして働いていた時に出会ったその創業者である投資家、アラン・グレイに影響を受け投資家となった原 健一郎さん。そこで培った投資哲学を活かして、米国、中国、日本を中心に豊富な投資実績とネットワークを有しているDCMベンチャーズで投資家として活躍している。あえて投資領域を絞らず、一つの投資先をしっかりと吟味する投資家の思考に迫った。

投資家は、どこで投資へのヒントを得ているのか。投資家原 健一郎に迫る!

原さんが投資家として最初に投資や育成に関与した会社についてお話を聞かせてください。

自らソーシングをして、最初から関わっている会社は、 FOLIO, PECO, CADDi, 10X, Linc’well, HERP, ChompyのSYNの7社です。

投資先の会社は、自分自身で見つけてくることが多いです。例えば、PECO、HERP、 10Xなどは事業内容が面白いと感じたので、社長をFBで探して共通の友達に頼んだりしながら辿っていくことで繋がることができました。

どのような方法で、投資テーマを決めていますか?

僕は投資テーマを決めるヒントを得るために、ユーザーの話をよく聞くようにしています。学生や大企業で働いている知人や美容師でも飲食店でも、起業家や投資家ではない方々と積極的にコミュニケーションしながら、最近は何が流行っているのか、何に困っているのかなど、常日頃から情報が得られるよう意識的にアンテナを張るようにしています。

投資家のところまで上がってくる話は、その時の流行りに遅れていること感じることが多いと感じています。バズワードとして流行っていると言われていても、実際に使っているユーザーが少ないということは多いですし、逆に話題になっていなくても、爆発する兆しがあることもあります。

−最近は、どんな業界に目をつけていますか?

僕の気になっている業界やテーマは複数あります。

投資をしたいマーケットを絞りすぎるとそもそもいい企業が見つからないこともあるので、絞りすぎないように意識しています。仮にマーケットの仮説に合った企業が見つかったとしても、起業家と相性や方向性が合致することが投資後に大切になると考えており、なおさら絞り過ぎないように気をつけています。

例えば、大体一つのビジネスモデルに日本のベンチャー企業では競合する企業が2-3数社あるかないかですが、アメリカでは10-15社、中国では100-200社くらいあったりします。投資したいマーケットを定めても、中国やアメリカではすぐ複数の投資先候補が見つかりますが、日本では投資先がなかなか見つからないので、投資までに時間がかかってしまいます。

一方で、日本は選択肢がない分、前向きに考えれば、マーケットを独占できる可能性があると感じています。日本は、こんなにたくさんの人がいて、近しいエスニックグループが大部分で、所得のばらつきもアメリカや中国に比べると小さい、それなのに会社の競合が少ないというすごく特殊な市場だと思います。それ故、投資家目線では、”会社を選べない”、”投資したい業界やテーマを行う会社がない”という事態にも陥りかねないのですが。

−投資する会社の起業家の方のどんなところを見ますか?

僕が起業家を見るポイントは全部で7つあります。大きく分けると「頭の使い方」、「他人との関わり方」、「性格」の三つですが、それぞれが更に2-3の意味合いを持ちます。

「頭の使い方」の一つ目は、学習能力のことです。学習能力は相手の質問の精度が一つの判断基準になるかと思います。一度投資したら、5年10年と長い間関わることになるので、僕は投資を決めるまでに何回も起業家と会います。今後長く関わっていく人を1、2週間で決めることはあまり行いません。学習能力が高い人は、会うたびに考えが深く、詳しくなっていき、質問が鋭くなったり、より深い内容の話が飛び出してきたりします。また、起業家は日々、新しい課題にぶつかります。経営経験が少ない起業家の場合、その都度学んで課題をクリアしていく人が事業や市場をスケールさせることができるのだと思っています。現状よりも学習能力を重視している理由はそこにあります。

「頭の使い方」の二つ目は、物事をシンプルに考えること、思考が明瞭であること(Clarity of thought)です。スタートアップは課題がたくさんある中で優先順位を決めないといけません。課題をシンプルにしないと、解決策に対する判断が難しくなってしまうからです。大事なことが分からなくなってしまい、今やるべきことが見えなくなる。課題はたくさんある一方でリソースが不足している状況において、迷走しがちな場面でも、本当に重要なシンプルな課題にのみフォーカスできることが起業家には重要だと感じています。

次に、「他人との関わり方」の一つ目は、他人の意見に対してオープンかどうかです。

一方で、個人的な意見として、他の人が言うアドバイスの7割くらいは正しくないと思うので、先ほどのClarity of Thought(思考の明瞭性)がないと情報の取捨選択ができなくなりますが、そこで生じる矛盾に対してバランスを保つことが大事です。

「他人との関わり方」の二つ目は、調達力、採用力、営業力です。自分のビジョンを語って、(1) お金を出してもらうのが調達、(2) 人生をかけてもらうのが採用、(3)相手に会社内の予算を取らせるのが営業で、それぞれ起業家には必要になります。

採用では、会社で重要な課題、今後大切になる課題を解くために必要な人間を選べているかが重要になります。どんなに履歴書がピカピカなメンバーを集めていても、事業内容や運営にマッチする人材でなければ会社への必要性は高くはありません。必要のない人間がいるということは、起業家のClarity of Thoughtがないことを意味していると考えます。また、企業のカルチャーに合う人材を選べているかどうか、これも非常に大切になると感じています。

起業家がどのような人を採用しているか、社内の雰囲気はどのようなものかを理解するため、マネジャークラスの全員を見るようにしています。それが投資の後のアドバイスの質にもつながると思っています。

「性格」の一つ目は、規律が効いているかどうかです。事業の成長に必要か否かを客観的に判断し、事業の成長には関係のない情報や行動に囚われないということです。

例えば、アマゾンにおけるCustomer Obsessionという、すべてカスタマーを起点に考えるという考え方を耳にしたことがあるかと思います。カスタマーに必要なことだけをやっていくという方針のことです。オフィスの立地など消費者に関係のないことにはこだわらず、自分のビジネスにとって本当に重要な課題に常にフォーカスするということが大切だと思います。

「性格」の二つ目は、成功するまでやめない強いコミットメントを持っていることです。かつ長期的なビジョンがある人であれば尚いいなと思います。大成功は一夜ではおきず、長く事業を続ける必要があると思っています。

うまくいかないことは山程あるけれども、その課題を淡々とこなしていける強いコミットメントがとても大事だと考えています。

投資先の起業家にはすごく大きい会社にしてほしいと期待をもって投資しています。取り組んでいくうちに成功体験を得ながら詳しくなっていく人が多いと思いますが、強いコミットメントと長期的なビジョンを持っている人が、会社を大きくする人だと思います。

投資先が盛り上がっている時期もあれば、つらい時期もある。投資家のマインドを聞いた。

−投資先の大変な時期は、どうされてましたか?

投資先の大変な時期は、通常の月に1回の頻度に加え、必要なときはもっと高い頻度でミーティングしたり、チャットで随時コミュニケーションを取るようにしています。邪魔にならない程度に会いながら、起業家が見逃しがちな課題等について一緒に考え、相談に乗ることで、彼らに無駄な時間を過ごさせないようにフォローすることを心掛けています。

ハンズオンやハンズオフとかではなく、会社にとってのプライマリーカウンセラーであることが一番大事であると考えています。例えば、投資先が今後の事業運営の成功に大きく影響を与えるポジションの人を採用する際には、真っ先に連絡してもらえるように努力しています。投資する前から壁打ちをしたりして、その会社のことをよく知っていること、投資先が目指している方向性を理解していることが、いいアドバイスを行うことに必要だと思っています。

原さんの投資家としての強みはなんですか?

VCなり投資先に関する情報収集・学習量は誰にも負けないように努力しています。そして、常に投資先の成長を考えています。

朝起きた瞬間、自分が寝ていた間に起きたアメリカのスタートアップや投資環境に関する新しいニュースがとにかく気になるんです。さまざまな会社の動向を知ることが、何よりもワクワクします。投資関連の記事を読んだり、アメリカのVCインタビューを見ることが何よりも楽しく感じてしまうくらいで、趣味と言っても過言ではありません。趣味で記事を読んだり、インタビューを見たりする中で自動的に情報収集されている部分もあり、情報量は人一倍持っているという自負があります。

投資家としての原さんを形成している核に迫る!

投資家としてのキャリアを歩むきっかけについて教えて下さい。

投資業界でのキャリアをスタートしたのは2013年辺りからです。

最初の頃は、MBAインターンとしてOrbis Investmentsで働いていました。

そこで、新しいビジネスの立ち上げのお手伝いをしていました。

もともとは、僕は大学卒業後にマッキンゼーに入社して、その後中国でeコマースの会社(Yo-ren Limited)の立ち上げに関わっています。大企業の若手だとある程度プロセスをこなし頑張っていれば評価してもらえますが、スタートアップは売れないとどんなに頑張っても評価されないので、とても厳しい環境だと感じた一方、そこで経験したスタートアップの大変さに魅力や面白さを感じたこともあり、今後はスタートアップで勝負したいと思い、まずはMBAに進学しました。MBA留学中には勉強しながら、自分でサービスを作り、食材宅配サービスのBlue Apronのようなサービスをやっていました。

MBA留学中には、自分が今後10年でできることを探しました。当時Orbis Investmentsは、基金や財団のお客様が大半を締めていたので、お客様に個人投資家を増やすことを目指すチームの立ち上げに入り、オンラインを通じて個人投資家に株を売却することで、個人投資家比率を上昇させることを目標としていました。

その会社の投資哲学では、ロングターム、コントラリアン、ファンダメンタルを大事にしていて、特に重視していたのはロングタームとコントラリアンです。

ものすごい長期投資家で10年くらい持ち続けるのが当たり前でしたし、株価の波を全く気にしないというのが創業者アラングレイの哲学でした。

コントラリアン、いわゆる「逆張り投資家」とは、多くの人の思考やトレンドと反対に相場を張る投資家をいいます。アラングレイの、”自分が正しいと思っている限り、考えをぶらさない”という思考にすごく影響を受けました。

そのOrbis Investmentsという会社は、これらの投資哲学3つを浸透させることにものすごく注力している会社で、入社試験で面接の前にコントラリアンじゃないと判断されてしまうと落ちてしまいます。

彼は3兆円弱のファンドを運用していましたが、派手な暮らしはせず、自家用車はホンダのCRVで、空港からは電車で移動していました。また、創業者であるにも関わらず、朝は誰よりも早く来て会社の資料を読んでいました。このように成功しても、生活が一切ぶれず芯がある人だったので、そんな彼を見て投資家はかっこいいなと感じました。

Orbis Investmentsでさまざまな経験をしましたが、当時の僕はまだ起業家になろうと思っていました。その時に振り返ったのが、MBA時代にいろんな経営者や投資家が話しに来てくださった内容で、そこで登壇するVCの人たちは将来的に各産業はこうなるというパースペクティブを持っていることに加えて、僕が理系だったこともあって、科学技術の進歩が我々の環境をより良くすると考えていることにも共感したことが、投資家の道を選んだきっかけの一つになったのだと考えています。そして、今では自分にはVCが合っていると感じています。

−好きなお仕事だと思いますが、辛いと感じたことはありますか?

投資先の会社が上手くいっていないときはやはり辛いです。とはいえ、僕は楽観的で、元々課題解決思考タイプなので、問題が起こった時点で現状としてはこうなっているから、今後はこうしよう、こう改善しようと考えることが多いので、悩むことは少ないです。だから、辛いときは辛いですが、仕事を辞めたいと思ったことはないです。

自分のファンドを立ち上げるとか、起業しないのかよく聞かれるのですが、良い投資ができれば僕はそれで十分だと感じているので、独立や起業というのは今は全く考えていません。

今後投資したい会社の理想はありますか?

マイク・ザッカーバーグやビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾスの若手版に投資したいです(笑)。

純粋に新たな産業を作るような起業家のファーストインベスターになりたいです。見極めるのは大変だと思いますが、投資家としては達成したいですね。

投資に真剣に向き合うほど投資先は絞られる

年間の投資数が少ないように見えますが、特別な絞り込みが行われているのですか?

僕の投資先7社中、CADDi、10X、Synなどシードが4社、その他も2社が最初のVCラウンドです。

通常のアメリカのシード、アーリーのVCが1年で投資するのは1、2社です。

そのくらいでないと、きちんとアドバイスもできないですし、その会社にとって重要な課題がわからない。1、2年後に気を付けるべきリスクを拾い上げたくさんあるアドバイスの中から、どのアドバイスが一番適切なのかと考えていくのは、投資先が多すぎると難しくなると考えられています。普通に投資していたら、このくらいの投資数になります。絞ってはいますが、特別絞り込みなどを行っているわけではないです。

−最後に投資家や起業家にメッセージをお願いします!

最初は、売上などの短期的な結果指標が伸びていなくても問題ないです。10年後、20年後に爆発的に利益を上げていればいいのです。将来に爆発的に利益を上げるために、今必要なことだけをやっていればいいと思います。

意見を聞くことは大事ですが、自分が一番詳しい、自分が一番勉強しているという環境であれば、自分が信じた道を突き進むことに尽力してほしいです。僕は、自分の信じた道を突き進む起業家に対して投資をすることで支援ができればと思います。