どんな企業が成功するかなんて、私にもわからない。 成功の理由はいつでも後付けだから。

2019.12.25

伊藤忠テクノロジーベンチャーズの代表取締役社長や一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会会長などを歴任してきた安逹 俊久さん。その経験の中で、株式会社スタートトゥデイ(現株式会社ZOZO)やメルカリ、電動車椅子のWHILLなどへ投資を行ってきた。前回に引き続き、多様な知見から見いだせた成功する企業や起業家の共通項などについて聞いた。

社会課題を解決する真の起業に心が動く

これまで、さまざまなベンチャー起業を見てこられて、日本にはどういう起業家が多いと感じますか。

2009年のリーマンショックと2011年の東日本大震災を経験し、起業する人の価値観が変わったように思います。

ITバブル前後は、大企業がおもしろくないから起業するという人が多くいました。その中には、優秀な人もいましたが、そうでない人もいました。

しかし、リーマンショックと震災以降、考え方が変わったのです。同じ会社に一生勤めてお給料をもらい続けるのではなくて、「自分の何かを残したい」と考え、起業する人が増えました。

特に、外資系のコンサルティングファームで一定レベルまで働いてきた方や、一つのことを熱心に勉強してきた方が、その経験を活かしてビジネスをスタートするというケースが増えたように思います。外資系のコンサルティングファームは、クライアントの業界について調べ尽くしてレポートを作ります。その結果、業界に詳しくなっていき、自分でも事業を作ってみたくなる。その気持ちは理解できますよね。

その分野の1つが、Fin Techではないでしょうか。私も、2015年までに、2〜3社のFin Techの企業に投資しました。ネット証券の先駆けであるカブドットコム証券も、代表の齋藤 正勝さんとご縁があり、投資させていただきました。

 ほかに印象に残っている投資先はありますか。

メルカリもそうですが、電動車椅子のWHILLという会社は特に印象に残っていますね。

代表取締役兼CEOの杉江 理さんは、日産自動車でデザイナーをしていた方です。電動車椅子を作ることを社内で提案したのですが、受け入れてもらえず、日産を辞めて会社を作りました。

杉江さんの親戚に車椅子ユーザーがいらして、「もっと便利にしないといけない」と思ったそうです。
日本はバリアフリーではないので、段差を越えるには相当な腕力が必要ですし、狭いところでの方向転換も大変です。また、狭い道で前から車椅子がきて、一般の人が露骨に嫌がる姿を見ることもあります。さらに、電車移動でも苦労はつきません。駅のエレベーターはたいてい端にあるので、端から端へ移動することも多くて大変です。混んでいる電車内では、車椅子は迷惑がられます。

残念ながら、日本はそういう社会なんですよね。この状況を「なんとかしたい」と考えて、ちょっとした段差でも進むことができ、狭いところでも回転できる電動車椅子を作ったのです。

WHILLを最初に知ったのは2012年頃です。彼に情熱があったのと、「これこそ社会課題を解決する本当の起業家だな」と思い、投資をすることにしました。まだ誰も投資をしていないタイミングでしたね。

電動車椅子の価格が高いので、爆発的にブレイクするところまでは至っていませんが、頑張っている会社です。

経営者に必要なのは根性と柔軟性

投資を決める際に、重視しているポイントがあれば教えてください。経営者の情熱でしょうか。

ひとことでは言えないですね。
信念や情熱は、多かれ少なかれみんな持っています。

WHILLの杉江さんについていえば、根性があって肝が据わっていることですね。
大企業を辞めて、リスクをとって起業をしましたから。また、彼はまずアメリカの市場に電動車椅子を売り込みました。アメリカには、日本の10倍の電動車椅子のマーケットがあるといわれています。それは、シニアや歩行に困難のある健常者が車椅子を使うためです。また、バリアフリーも進んでいるし、車椅子ユーザーに対する先入観もないので、あえてアメリカから勝負したんです。肝が据わっているなと思いましたね。

柔軟性があることも大切です。
事業をしていれば必ず壁にぶつかります。その時に他人の意見によく耳を傾けて柔軟に発想を変えることができるかは大切な素養です。「絶対に自分が正しい」と言っていても、状況を打開できません。
投資前に杉江さんから、プロトタイプの前輪に課題があるという話を聞いていました。解決策を考えるにあたって、トヨタのOBの方を採用して、その方の意見を聞き、最終的には、自分の考えを変えたそうです。
特に技術系の人は、自分に自信があればあるほど柔軟性がなくなっていることが多いのですが杉江さんは全く違いました。

日本のベンチャー業界から世界ブランドの企業を

これまでの投資経験の中から、成功する企業や起業家に共通する点は見出せますか。

それがわかったら苦労はしないですよね。(笑)
ベンチャーキャピタルの仲間内でも、色々な話があがりますが、全て後付けだと感じます。ビジネスモデルもタイミングも異なり、同じ企業はひとつもありません。メルカリがナンバー1になったのも、ZOZOTOWNがナンバー1になったのも、ナンバー1になるタイミングだったからです。同じことをしても同じように成功するわけではありません。

ただ、世の中の流れをセンシティブに感じ取ることができる人は、起業家に向いていると思います。
常に思考の引き出しを増やしておき、人と会話する中で、過去の引き出しを開けることができる人ですね。新しい人と会話をした時に、「1年前に聞いたこの話がヒントになるな」と引っ張ってこられる人は、新しいアイディアを作ることができる。必要なタイミングで、異なる業界やビジネスモデルからストックしていた情報を引っ張ってこられる方は起業家向き。ビジネスモデルはお金を生み出す力なので、違ったものを組み合わせないと成功するのは難しいと思います。私には、引き出しが少なすぎて無理ですね。

反対に失敗する経営者に共通点はありますか。

1つ目は、柔軟でないことですね。自分がベストだと思っても、市場やお客様は変化しています。そこに対応していく力がないといけません。

2つ目は、チーム編成が下手なことです。3人目、4人目と採用していく時に、マネジメントがうまくないできない人は厳しいでしょう。例えば、エンジニアに好きなようにやらせずに、口を出しすぎるとうまくいきません。

また、技術系の経営者の場合、紹介してもらった営業担当のCOOと衝突するケースも多いです。創業者の中には、「私は、会社の経営は向いていないので任せます。商品開発と技術だけやります」と割り切ってCTOになる人もいます。

経営チームをどう構築するかはもっとも難しい問題です。創業当初はチームワークが上手く機能しても、難題に直面した時など往々にして仲違いすることがあります。即効薬はありません。経営者の魅力、胆力としか言えません。

大企業を経験して起業した人と、大企業を経験せずに起業した人とでは、前者の方がチーム編成が上手です。人に使われる立場を経験した人の方が、人を使うことができるということでしょう。とはいえ、聞く耳を持つ素直さがあれば、大企業を経験せずに起業した人の中でもマネジメントが上手な人はいます。

安達さんが、目指したいことがあれば教えてください。

日本のベンチャー業界からソニーのような世界ブランドを生み出したいと思っています。それを実現するのは、一人の力だけでは難しいので、大企業の力が必要です。オープンイノベーションの本質とは、外部のリソースを、たとえ大企業であれ、海外企業であれ、上手く利活用できるかどうかです。外部の技術を活用して、新たな付加価値を生み出すことも立派なイノベーションです。技術があっても、利用者がいなければイノベーションを起こしたことにはなりません。日本人の持つ想像力の資質をフルに発揮して、新たな成長に繋げて欲しいと強く願っています。