いただいた命は社会貢献のためにイノベーションの土壌を生み出したい(後編)
東京急行電鉄株式会社に入社後、MBAを取得。2015年に、東急グループとベンチャーとが事業共創する「東急アクセラレートプログラム」を立ち上げ、運営統括を務める加藤由将氏。東急グループとベンチャー企業を結ぶ自身の役割の醍醐味とは?前回に引き続き、これまでのマッチングの実績や協業する上で重視している点などについて伺った。
目次
コアコンピタンスは「消費者との接点」を活かせる企業
投資先企業をどうやって見つけているのでしょうか。
「東急アクセラレートプログラム」以外では、自身でさまざまなイベントに参加して話を聞き、興味がある企業が見つかれば、知り合いのVCさんから第三者の意見を頂戴するようにしています。事業を多面的に見て、感情的にのめり込まず、冷静に判断することが大切だと思っているからです。その意味で、VCさんとのコミュニケーションを非常に大切にしています。
東急グループのコアコンピタンスは、BtoCのリアルなタッチポイント、一般消費者と対面の接点を持っているということです。さらに、その産業領域が、鉄道、バス、ショッピングセンター、ホテル、映画館、フィットネスセンター、病院、百貨店、スーパー、飲食店など、領域が広いことです。
そのタッチポイントの価値を活かせる、もしくは、そのコアコンピタンスをほしがっているベンチャー企業であれば、すべて対象になります。
社会的な負荷を分散させてすみやすい街に
加藤さんが好きな業界はありますか。
実際のお客様の反応が伝わりやすいモノが好きですね。
2018年の「東急アクセラレートプログラム」で最優秀賞を獲得した株式会社アスラボさんとのテストマーケティングで「美味しいものフェア」をHikarieで開催しました。アスラボさんのネットワークを使って、地域の産品を発掘し、トップの料理人を渋谷に呼んで展開しています。
何度も店に行って、お弁当を買って食べました。消費者の買う買わないの反応が見えやすく、ワクワクして楽しいですね。
あとは、不満、不快、不便の「3つの不」を解消するサービスも重要だと思っています。
例えば、満員電車、ランチ難民、スーパーのレジ行列など、物理的なキャップのかかってしまうサービスのピーク分散です。それらは様々な要因が複合的に絡み合うことで発生するので、予測をすること自体が難しいと考えています。
でも、AIを活用してリアルタイムにトランザクションを把握して、顧客に強いインセンティブを提示することが出来ればピークを分散する仕組みができます。例えば、ピーク時に購入する場合は、100円の物が150円になり、ピークでない時に購入する場合は、100円の物が50円になるというように価格を調整することで、トランザクションを分散させるのです。
社会的な負荷を分散させることで、より住みやすい街にしていきたいと思います。
加藤さんのモチベーションの源泉はどこにあるのでしょうか。
実は、大学1年生の時にバイクの単独事故で瀕死の重傷を負いました。角を曲がろうとした時に、ブレーキをかけすぎて前輪がロックし、ガードレールに突っ込んでしまいました。左腕の複雑骨折、左膝の粉砕、あばらの骨折。よく生きていたというレベルの重傷で、社会復帰するのに半年以上かかりました。
その一件から、もう一度失った命なので、その後の人生はあまり欲は出さずに社会貢献をしていこうと思うようになりました。子どもたちが「やっぱり日本はいい国だな」と思ってもらえることが、私の人生の目的ですね。
スタートアップと大企業の通訳をするのが自身の役割
スタートアップを支援する際のノウハウはありますか。
私はスタートアップとグループ会社を引き合わせる際には、必ず同席します。スタートアップ側の席に座って、グループ会社と会話をします。ベンチャーの社長より話すこともありますよ。グループ会社側からすると、初対面の人から専門外の新しい情報を聞いても構えてしまうので、私たちが翻訳者となるのです。
社内でも社外でも、言語ではなく、文化を通訳している感じですね。大企業にはこれまで築き上げてきた変えがたいロジックがあり、スタートアップにはスタートアップの良さがある。どちらもそのまま2者間でやろうとするとミスマッチが起こります。だから、間に入って「そういうもんなんですよ」とか「そこは変えられますね」と橋渡しすることでうまくバランスがとれると思っています。
渋谷という都市空間でイノベーションの土壌をつくる
今後もこの動きを加速させていきますか?
「東急アクセラレートプログラム」の取り組みはさらに加速させていきたいと思っています。昨年度までは不動産系の事業部にありましたが、今年からコーポレートの組織になったので、すべてのグループの事業ユニットを横串で刺して、事業のアップデートをしていきたいです。
また、今年7月から渋谷という街の魅力を高める取り組みもスタートします。渋谷の宮益坂を登って1分のところに、Shibuya Open Innovation Lab(SOIL)という社会実装にフォーカスしたオープンイノベーションラボを開設しました。”SOIL”の和訳は「土壌」で、渋谷のイノベーションエコシステムの土壌になって欲しいという想いを込めています。
「SOIL」は、イベントや勉強会を通じたイノベーションの情報受発信のみならず、深刻な人材不足にあえぐスタートアップ企業にエンジニアやインターンなどの人材の接点も作っていきたいと思っています。