課題先進国の日本で、新しい産業の創出を夢見て
「スタートアップは産業を創りだす中心的な役割」と熱く語るのは、米国セールスフォース・ドットコムの投資部門である Salesforce Ventures(セールスフォース・ベンチャーズ)で投資家として活躍する湊 雅之(みなと まさゆき)さん。東京工業大学大学院を卒業後に、新卒で独化学大手BASFに入社し、自動車、エレクトロニクス分野を中心に営業として活躍。同社退職後に渡米し、アメリカのカーネギーメロン大学でMBAを取得。帰国後は、ボストン・コンサルティング・グループ、グリーベンチャーズを経て、2019年1月にセールスフォース・ベンチャーズへ入社。前回に引き続き、湊さんが歩んできたキャリアを中心に、投資家としてのマインドセット、今のスタートアップ企業に期待することについてお話を伺った。
目次
ベンチャーキャピタリストとして再スタート
コンサルタントとして経験を積んだのちにグリーベンチャーズへ転職されたと伺いました。投資家として再スタートを切った湊さんですが、同社ではどのようなご経験を積まれたのですか。
転職に際して、今までの経験を活かして活躍できそうだと感じたVCかスタートアップを候補にしていました。その中で、グリーベンチャーズの代表とお話をする機会をいただいたことがきっかけで、投資家への転身を決断しました。僕が感じていた課題感や、この先の未来で実現したいことを全てお話した上で、「じゃあ一緒にやろう」と言葉をかけて頂けたことが大きかったです。
グリーベンチャーズでは、ソーシングを中心に既存の投資先の成長支援まで広範な業務担当しました。例えば、営業オペレーションの構築支援や、営業同行、資本政策や事業計画などです。ただ、投資家になってからの1年間は1件も投資することができませんでした。
投資を断られてしまった理由は様々でしたが、ある起業家の方から「湊さんは僕らのことを想って仕事をしていますか」と遠回しにですが、言われてしまったんです。投資家としては、リターンを出すことが常に求められているので、起業家のビジネスが成功できそうかどうかを試していた側面もあると思います。ただ、このときに正直にお話頂けたことで、僕が出資者(LP)目線ばかり意識し過ぎていた結果、本来大切にすべき起業家の方々を蔑ろにしてしまったと気づいたのです。
それからは、「起業家のために何ができるんだろう」とひたすら時間を費やして考えるようになりました。マインドが変わると、起業家を成功させるにはどうしたらいいかという視点から逆算して、その起業家へ投資をする理由を考えるようになったんです。LPではなく、起業家の方を向いて、仕事をするようになってからは投資が回るようになり、約1年9ヶ月で8件へ投資をさせて頂くことができました。
他にはない圧倒的な知見を求め、セールスフォース・ドットコムへ
紆余曲折もありながらもグリーベンチャーズで投資がうまく行き始めたところで、セールスフォース・ドットコムへ転職をされたのはどうしてでしょうか。
投資家として仕事をする中で、「スタートアップが出資を受けたお金をいかに有効に使うか」という点で支援できるVCがあっても良いのではないか、と考えるようになったんです。というのも、日本のスタートアップは資金調達環境が良くなっていっても、USのスタートアップと比較して、成長効率に課題がある、つまりビジネスサイドへの投資が事業の成長のために、もっと効率よくその資金を活用できるようになれるはずでは、と強い課題感を抱いていました。また、僕自身は営業やコンサルタントとしてビジネス寄りキャリアを歩んできました。だから、いかに上手く資金を使い事業をスケールさせるかという観点なら、よりスタートアップに貢献できる可能性があったのです。
また、グリーベンチャーズでは、SaaSの企業を始めとするクラウドコンピューティングのB2B企業を数多く担当しました。その際に、B2Bの企業が集めた資金を効率的に活用して成長するためには売上をあげて成長を加速させるためのノウハウが必要なことを実感しました。
そのため、B2B企業の成長に必要なノウハウが圧倒的に蓄積されていた、セールスフォース・ドットコムへの転職という選択肢にたどり着いたのです。というのも、セールスフォース・ドットコムほどの規模感で成長を持続している、B2B向けSaaS領域の企業が、日本に他に存在しないからです。そうであれば、セールスフォース・ドットコムに実際に入社して、自分の肌で吸収したノウハウをスタートアップへ還元したいと考えたのです。
何よりもまず「売上をあげる」ための支援
湊さんご自身が投資家としてスタートアップを支援する際のスタンスや手法について教えてください。
SaaS領域でサービスを展開するスタートアップを支援する時は、まず何よりも「売上をあげる」ための支援をします。ですので、私達が投資の対象としてるスタートアップは、主にレイターシード以降の、すでにプロダクトやサービスを保有して、売上が立っていることが前提になります。
そういったスタートアップの場合、さらに売上があがれば、それに付随してバリュエーションが上がります。売上をあげるためのオペレーションの最適化や、具体的な方法論についてはノウハウを提供できますし、事例(ストーリー)も豊富にあります。僕自身も、SaaSのスタートアップが売上を作ってバリュエーションを上げるために必要なノウハウを自らブログで発信しています。
また、セールスフォース・ドットコムという会社は、営業プロセスの最適化し、売ることだけに特化したソフトウェアを提供しています。「The Model」という、営業プロセスを、マーケティング、カスタマーサクセスなど、細かいファネルに分解し、分業化による高成長モデルが膨大な量のデータとノウハウを積み上げています。そのため、売ることに関して言えば、他社が追随できないようなレベルの知見を基にしたサポートができます。もちろん、オペレーションを最適化して組織の仕組みを構築したあとで、個々の営業チームのレベル底上げに向けたメソッドも提供できるので、それぞれのスタートアップの状況に即したサポートも可能です。
注目のスタートアップは「Sansan」
これまでに様々なスタートアップを見てきたと思うのですが、最近注目しているスタートアップはありますか。
投資先でもあるSansanには注目しています。B2B SaaSの企業としては、初のユニコーンであり、名刺を組織の共有資産として一括管理するCRMソリューションを提供する会社です。Sansanは、事業面と社長の考え方の2点に惹かれています。
まず、事業面ではB2Bは短期視点で物事を考え戦略として落とし込まないと、売上を作るのが難しくなります。Sansanの場合、組織内で売上を作るための仕組みがあり、営業が科学されているため、販売プロセス全体が非常に洗練されています。営業を可視化して、属人的な営業担当者のスキルに依存しない組織作りを進めていることも、成長に寄与していると考えています。
また、社長の寺田さんの視座の高さも尊敬してます。テクノロジーを通じて市場にインパクトを与えることを念頭におき、収益基盤が積み上がり投資に回せるだけの十分な利益が整うまで上場を急がないところにも非常に共感しています。Sansanは、グローバル展開やデータ利用も加速しているので、事業の今後についても注目していきたいです。
課題先進国日本にまだない産業を
最後に起業家の方々へのメッセージをお願いします。
僕はスタートアップを信じています。というのも、今の日本はテクノロジーで解決できる課題に溢れた課題先進国だからです。そして、テクノロジーの力で課題を解決し、更に産業の未来を描いていくのは、スタートアップが最も重要な役割を果たすと考えています。
もちろん、今の日本で大企業の果たす役割は大きいです。ただ、大企業特有の年功序列システムや意思決定プロセスについては改善の余地があります。これらは、大企業が長年をかけて築いてきたものなので、変革を進めるには膨大な時間とコストがかかります。
そういった現実がある一方で、中国のテンセントやバイドゥがトヨタの時価総額を超えたように、近年設立したスタートアップが急速に成長して、産業を作るのを目の当たりしてきました。だから、技術力やテクノロジーに明るい日本でも、スタートアップが産業を作れる可能性があります。それも、簡単なテクノロジーで解決できるような課題がたくさん転がっている日本は、ある意味チャンスで溢れています。だからこそ、こんな環境にも関わらず、日本のスタートアップから産業が生まれないことに危機感を感じています。
僕自身は、良いプロダクトやサービスを作るスタートアップが日の目を見ることができるように、売上をあげる為のノウハウを惜しみなく還元します。そのノウハウをベースに、スタートアップが主体となって課題先進国日本にまだない産業を作っていって欲しいです。